ごたごた短編集
青切
女と青年と霊媒師
やってきた若い女から、霊媒師は金の匂いを嗅ぎ取った。それはなにも、霊媒師の持つ霊感が作用したものではなく、女の身にまとっているブランド品から想像したものであった。長年の商売で鍛えた勘が働いたわけである。
うまくいけば謝礼をはずんでくれる客だろうと思いつつ、霊媒師は、やつれた女に声をかけた。
「きょうは何のご相談ですか。いやいや、言わなくてもわかります。異性にまつわるお悩みでしょう?」
この断定もまた、霊感ではなく、長年の勘からもたらされたものであったが、女は悩みを当てられ、驚いたそぶりをみせた。
「ええ。フィアンセが事故死して、その後、よい男性と巡り合ったのですが、その方との間がどうもうまくいかなくて」
「具体的に言うと?」
「彼とのデートに行こうとするとトラブルに遭って会えなかったり、デートがうまくいかなかったりすることが多いんです。また、彼の方でも、事故に遭ってけがをしたりで、ふたりの仲がなかなか進展しないんです。それでも、彼、私のことを大切に考えてくれていて、お付き合いを続けさせていただいているんですけれど……。それで、こんなことは考えたくないんですけど、死んだフィアンセがじゃまをしているんじゃないかと思って……、親友の紹介でここに来たんです」
霊媒師が親友とやらの名を聞くと、それは某有名企業の令嬢で、彼女の金づるのひとりであった。霊媒師はひそかにほくそ笑んだ。
「わかりました。それでは、そこのソファーに坐って、目をつぶってください。調べてみましょう」
霊媒師が言うと、女は黙って指示に従った。
霊媒師がお香を焚き、呪文を唱えつづけると女は寝入った。
女の様子を確認すると、霊媒師はぞんざいな声で「出て来な」と言った。すると、女の背中から、半透明の青年が現れた。
「なかなかの美形だね。おまえが、お客さんのフィアンセだった男かい?」
霊媒師の問いに、幽霊は黙ってうなづいた。
「お客さんに未練があって取りついているのかい。死んだおまえの嫉妬で、新しい男とのデートをじゃましたりしないで、さっさと成仏しな。私はね、強引におまえを消し去ることだってできるんだよ」
厳しい口調の霊媒師に対して、幽霊は首を横に振った。
「なんだい。ぼくと彼女を離さないで? ぼくが離れると彼女のためにならないだって。どういうことなのさ」
身振り手振りで訴えかける幽霊の話を、霊媒師は頷きながら聞いた。
「なるほど、その新しい男は、お客さんの金目当てのろくでもないやつなのか。おまえさんがうそをついているようには思えないから、本当なんだろうね。いまの話をお客さんにしてやれば、目がさめるだろうね。えっ、なに? 彼女には話さないでほしいのかい。……なるほど。これ以上、お客さんを傷つけたくないあんたの気持ちはわかった。いいよ、そこら辺は私がうまいこと言いくるめて、男と別れさせてやる。その代わり、彼女がまともな男と結ばれたら、あんたもさっさと成仏しな」
幽霊との会話が終わると、霊媒師は女を起こした。
それから、「フィアンセの方はもうすでに成仏されていて、この件とは関係ありません。おそらく、その男性とは星の巡り合わせがわるいのでしょう。別れて、新しい出会いを求めるのが吉です」と助言した。
女は別れるのに難色を示したが、ベテランの霊媒師からすれば、世間知らずの若い女を言いくるめるのは、たやすい仕事であった。結局、帰るころには、女は霊媒師の指示に従い、男と別れる決心をしていた。
しばらくしたのち、晴れやかな表情で女が霊媒師のもとを、多額の謝礼を持参して訪れた。
「先生のお話の通りでした。代わりに、すばらしい方と巡り合うことができました。これからも、なにかあれば、ご相談させていただきます」
礼を述べて帰ろうとする女の背中から、くだんの幽霊が現れて、霊媒師に深くお辞儀をした。
それに対して、霊媒師が犬を追い払うようなしぐさをすると、幽霊は天井へと消えていった。
女が去ったあと、霊媒師は一言、「あの世でせいぜい楽しくな」とつぶやいた。
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