Re:機士

尾坐 涼重

Re:機士

 それはずんぐりと丸く、まるでオークのような醜い腹をしていた。


 足も短く、いかにも重鈍そうで、手の指もあれでは剣をまともに握れないだろうと一目でわかるほど太く不器用そうだった。


 全く何を考えて昔の人はこんなものを作ったのか……。それの発掘に携わった人間は誰もがそう思った。


 それは誰も動かすこともできないまま、好事家のサイドロープ卿に二束三文で買い取られて、長い間その屋敷に眠ることになる。


 そして時は過ぎ……。



◇◆◇



「マーケェ~ル、出ておいで~マーケェ~ル!」


 屋敷の外から声が響く、機工鎧についている拡声管から響いているのだ。


「ここに逃げ込んだのは分かっているんだよマーケェ~ル。」


 呼ばれた少年は、地下からその声を聴いていた。なんだかんだ屋敷を壊したくない従兄は、無理やり攻めることはしない歩兵がやってくるまで時間は稼げるだろう。いくら機工鎧をそろえてならべても、意味はないのだ。


「キリー兄が間抜けで助かったってところかな?」


 とはいえ、従兄の私兵である傭兵部隊がこの屋敷にやってくるまでそう時間もない。それまでに隠し通路を見つけて逃げ出さなければ。


 この旧サイドロープ邸は好事家で有名な先々代のサイドロープ卿が建てた屋敷だ。その地下は複雑に入り組んだ迷宮で、誰も知らない秘密の脱出口や、数々の秘宝が眠っているといわれているけど、その地下への入り口すら失伝してしまっている。


 しかし、マーケルは運のいいことにその入り口を見つけていた。


 石造りの暖炉の奥、色の違う石がスイッチだったのだが、煤で汚れ判別がつかなくなっていた。マーケルは偶然そのスイッチを押してしまったのだ。


 それからしばらく探検したが入口が中からは閉められない仕様なので、そう長い時間は探検できなかった。そのため、残念ながら秘密の通路も秘宝も見つけてはいない。


 こんなに奥まで来るのも初めてだった。でも、まだ従兄の声が聞こえるということは、そこまで奥まで来れていないのかもしれない。急がなければ。


 ガコンっ!


 焦って踏み出した足が沈む。いやな予感がした時にはもう遅かった。足元の石畳が崩れて体を浮遊感が襲う。落とし穴だ!


 終わった。


 マーケルはそう思ったが、次に体を襲ったのは片意地面でなく、柔らかいクッションだった。ボスンと深く沈んで彼の体を包み込み、優しく受け止める。


「なにこれ、ご先祖様も悪ふざけが過ぎるよ」


 クッションが異様に柔らかいため返って身動きが取れず、もがきながら脱出すると薄暗い地下にも目が慣れてきて、周りの景色を映し出した。


 そこは古い倉庫の様だった。所狭しとがらくたが並んでいる。ものはたくさんあるが価値のあるものとか、今利用できそうなものは見当たらない。


「これが、噂の宝物庫? これキリー兄が見たらがっかりしすぎて死んじゃうんじゃない?」


 しばらくそこを歩いていると。一つの巨大な人型に出くわした。


 いや、はじめマーケルはそれを人型だとは思わなかった。


 それはあまりにも丸く、太く、マーケルの価値観からすると醜かった。かろうじて、足が二本に手が二本あるので、ようやく人型なんだと認識したほどだ。


「なんだこれ? 機工鎧? それにしては、なんでこんなに重鈍そうな……」


 近寄ってみると足元にいかにも見てくださいと言わんばかりに立て看板が立っていた。ここを作ったという先々代が立てたんだろうか?


「世界で最初に発掘された機工鎧」


 そう書かれた横には初めて見る文字が三つ並んでいた。文字というより絵の様にも見えたが、マーケルは文字だと確信する。だぜだかわからないが、その初めて見る文字が、自分には読めてしまたのだから……。


「ショー…リュー……ザン?」


 昇竜山。


 そこには漢字・・でそう書かれていた。


 自分がなせこれを読めるのか?


 そんなことを考える前に、マーケルを軍靴の音が襲った。従兄が呼んだ傭兵部隊が到着したのだ。


「まずい、早く逃げなきゃ……」


 焦って駆けだそうとすると、突然その機工鎧の首筋にあるハッチが開いた。そして乗りやすいように、マーケルの前に跪き、フック付きのロープがたらされる。


「乗れって、そういってるのかい?」


 正直、こんな出来そこないに乗っても逃げ切れる気はしなかった。が、その機体に抗い難い何かを感じている自分もいた。


「……よしっ!」


 意を決してマーケルは昇竜山から延びるロープを手に取った。


 このまま逃げても迷宮の中で朽ちるか傭兵団につかまる可能性の方が高い。なら、少しでも力を手に入れることを選択したのだ。


 首筋のハッチから操縦槽へと入る。四つ空いてる穴に手足を固定したらマナが機体に接続された。


 そうするとマーケルは昇竜山の視界を得る。


 足を動かそうと思えば足が、手を動かそうと思えば手が、まるで自分の体と同じように動かせるようになるのである。


 そして……


「痛っ……!」


 軽い頭痛の後、マーケルは記憶の奔流に飲み込まれた。それは生まれる前の自分の記憶。遠いかなたの世界である格闘技を極めんと努力した一人の若者の記憶であった。


「思い……出した……」


 前世の自分はこの昇竜山と同じような体形をした大制の人間と一緒に暮らしていた。その中では前世の自分が一番小さかった。みんなと一緒に柱をつき股を割いて、すり足で部屋を往復する。そして円状の縄の中でぶつかり合った。


 そう、マーケルの前世は力士だったのだ。


 記憶の奔流はマイケルお押し流すかに見えたが、相撲に関する知識と技だけを残してあっという間に引いてしまった。


 それがなぜかは分からなかったが、一つはっきりしたことがある。


「これで戦える。」


 マーケルの前世、稲田ノ海関は小兵ながらも関取にまでなった業師であった。自分より大きな相手を投げ飛ばしたことも何度もある。時に意表を突く作戦で観客を沸かせたりもしたが、それも普段の稽古あっての結果だ。努力を怠ったことは一度もなかった。


 しかし、同じくらい才能があり同じくらい努力をしている者同士であるとどうしても体格の差が出てしまう。相撲とはそういう格闘技だ。大きな体があれば……悔し涙を流したことは一度や二度ではなかった。しかし今はこの鋼の体がある。実戦であろうと半端なものに負ける気はしない。この機体は醜い出来そこないなんかでは無い。むしろこの形こそがベストなのだ。


 そう、自分の中の知識が告げているのをマーケルは感じていた。


「すごいなさっきより断然夜目がきく」


 赤外線カメラというものであったがマーケルの知識にはそれはなかった。ただこれは便利だと思うだけである。


 そしてその視線の先、ちょうどこの昇竜山が立った時にまっすぐ前になるような高い位置に案内板のようなものがかかっていた。


『カタパルトデッキはこちら⇒』


 いかにも人を小ばかにしたような事態で書かれているそれは、昔書庫で見た先々代の字そっくりだった。


「いやな予感しかしないけど……」


 狭い地下で巨大な体。選択肢はほかに多くなかった。


 その矢印の通りに進んでいくと突然足がロックされる。


「なに!?」


 そして、月明かりの照らす屋敷の庭へとマーケルと昇竜山は射出・・されたのだった。




◇◆◇




「ま~だ見つからないのか~い?」


 機工鎧に乗ったまま寝そべってキリー・トップロープは部下に問いかけた。その声色には、明らかに不機嫌さがにじみ出ており、部下を震え上がらせる。


 いかに、戦場に出たことのないひよっこだとはいえ、機工鎧と生身の人間との戦闘力の差は歴然であるからだ。


「ど、どうやら、マーケル様は地下に逃げ込んだようでして……捜索は難航しており馬……」


「地下? 地下といったかいきみぃ~」


 興奮して食い気味に尋ねるキリーに、部下はさらに声を震わせる。


「は、はい、隠し通路のようなものが開いており、そこが地下へとつながっておりました」


「ははっ、そうか。何にも役に立たない、靴の中に入り込んだ小石みたいなやつだと思ってたら、最後に役に立ってくれるじゃあないかぁ~」


 サイドロープの遺産。分家の彼にもその伝説は伝わっていた。冒険家だった先々代が世界中の遺跡から発掘した遺物の数々が収めてあるという宝物庫。その価値は国を変えるほどであるとも世界を変えるほどでもあるという。


 実際のところは、先々代のサイドロープがはいたビックマウスに尾ひれがついて噂がでかくなっているだけで、単なるがらくた置き場であるのだが、彼はまだ知らない。


「サイドロープの家が僕のものになったら、一番最初に探さなきゃと思ってたんだけど手間が省けたよ」


 クックッと笑って、世界を手に入れる妄想にふけるキリー。どう見ても卿の器ではないのは目に見えて明らかだが、マーケルがいなくなれば家を継承するのは彼しかいなくなるのだ。そのマーケルは、いまだ機士学校にも入学していない子供である。彼が皮算用をせいてしまうのも無理はない。


 そんな、彼の気持ちの悪い笑いを轟音が切裂いた。庭の池の中から何かが飛び出してきたのである。


「警戒態勢ぇ!」


 流石に寝転がってるわけにいかなくなったキリーは部下に檄を飛ばす。学生時代、キリーの取り巻きだった同期のひよっこ達は、もたつきながらもキリーの周りに集合した。


 一方、カタパルトによるいきなりの射出で目を回したマーケルも、その間に回復して相手を確認する。


(1…2…相手は4機か)


 一小隊、教科書通りの陣形を組んで相対している騎士は4機。つまりそれだけ倒せば此方の勝ちである。いくら昇竜山が重鈍だといっても機工鎧の足にかなう人間はいないのだから。


「久しぶりですキリー兄さん」


 命を狙われているのは分かっていたが、マーケルはまず話しかけることにした。仮にも兄さんと呼ぶ間柄である。幼い日、共に駆け回った記憶がマーケルに情をわかせた。


「マーケェル、それに乗ってるのはマーケェルなのかぁい?」


「はいキリー兄さん、僕も機工鎧に乗りました。どうか兵を引いてください。無駄な戦いはしたくありません」


「ハハッ、何を言い出すかと思えば、そんな古臭い機工鎧一つで何をしようってんだぁい? こっちは数で優っているんだ。おとなしく降伏したまえよぉ」


「でも、降伏したら、僕を殺すんでしょう?」


「……そんなことはしないさぁ」


 そういいながらキリーの機体はそっぽを向いてほほを掻く様なしぐさをする。幼いころからの彼の嘘をつくときの癖だった。


「残念です。キリー・トップロープ」


 そういって昇竜山は深く腰を落とし地面に手をついた。所謂、立ち合いの構えである。


「どうしたんだぁい? 地面に手をついて謝っても僕は……」


 キリーのセリフはそこまでだった。


 次の瞬間、彼の隣に控えていた部下の乗機である帝国量産主力機工鎧アーバンの首を昇竜山の平手突き、所謂「鉄砲」が吹きとばしていたからである。


「なっ!? 速っ!」


 吹き飛ばされた首の下からパイロットがのぞく。何が起こったかわからないという顔をしていた。その重鈍な見かけから、立ち合いの速さを甘く見ていたのだ。相撲は瞬発力の格闘技である。その立ち合いの速さは、あらゆる格闘技の中でも上位に食い込むほど早いというのに。


 そして、彼も言えたのはそこまでだった。崩れた体制を見逃さずけたぐりでその機体を転がされたのだ。


 アーバンの全高は11,7mである、操縦槽に守られてない生身ではひとたまりもない。彼の意識は遠いかなたへと旅立ていった。


「きさまぁっ!」


 キリーの左隣に控えていた機士が剣を振りかぶる。しかしその手を昇竜山に取られてしまい、振り下ろすことはできなかった。マーケルはそのまま巻き込むように投げその体を浴びせて押しつぶす。一本背負いである。意外と思われるかもしれないが、これは相撲の決まり手の中にちゃんとある技なのだ。普通の機体よりも数倍重い昇竜山に押しつぶされたその騎士も、機体の各部に異常をきたし戦闘不能となってしまった。


 一本背負いの勢いのまま転がって体勢を立て直したマーケルの目に映ったのは呪文詠唱中の後方機イヴェートであった。三基の後ろに控えていた一機である。


 打ち出される炎の槍、食らえば昇竜山はともかく中のマーケルはひとたまりもない。


 ファイヤアローが着弾し大きな爆炎を上げる。


「やったか!?」


 煙の中に目を凝らしたイヴェートののパイロットの横に、突如昇竜山が現れる。斜め前に一足跳んで相手の横をとる。稲田ノ海の隠し玉の一つ、「八艘跳び」である。そのまま横から組み付いた。足を動かすためのアーマーの隙間がちょうどまわしの要領でつかめたのだ。そして豪快に櫓投げで、後方機を地面に叩きつける。後方機故の脆弱なフレームはその衝撃に耐えきれず砕け散った。


「な……!?」


 一瞬にして三機の部下を失ったキリーは絶句する。まさか、機士学校に入学もしていない子供にここまでやられるとは思わなかったのだ。


「あとは、兄さん一機です。どうか兵を……」


「できるわけがなかろうっ!」


 家を簒奪するために今日まで周到に準備を重ねてきたのだ。やばい橋もたくさん渡った。今更帰ったところで失った機体の言い訳もつかない。反逆者としてお尋ね者になるしか道はなくなってしまう。


 キリーは目の前のあの期待を倒して、口を封じるほか助かる道はないのだ。


「うあああああぁぁあぁぁぁぁっ!」


 腰に差したふたふりの剣を抜こうと手をかける。しかしそれが抜かれることはなかった。マーケルの組付きの方が早かったのだ。


 両上手でがっちりと引き付けられた状態では剣を抜くことはできない。


(しかし……!)


 キリーには勝算があった先ほどまでの戦いで、マーケルは投げ技を多く使用している、今もまさに組み付いてきたということは投げを狙っているのだろう。投げるために体が離れる一瞬。その隙に剣を抜けさえすれば……そう考えていた。


 しかし、


「……なに!?」


 体は離れなかったむしろ引き付ける力が強くなっている。そして、昇竜山はそのまま浴びせるように体重をかけてくる。


 そう、鯖折りだ。


 足と腰の関節機構が悲鳴を上げ折れ曲がっていく。


 機体のダメージはマナを通して操縦者にフィールドバックされる。


 キリーは腰のくだける音と痛みによって気絶した。


 月が白み、朝焼けが昇ってくる。照らし出された惨状に、周りにいた傭兵たちは地理尻になって逃げだしていった。


 暁の勝利。


 これがのちに機士の中の機士と呼ばれるようになる、マーケル・サイドロープとその愛機昇竜山の初陣であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Re:機士 尾坐 涼重 @woza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ