第33話

 本部に来るように、とKクラス担当の椎名から告げたられたのは、退院した日の翌日だった。

 呼ばれたのは、梓、棗、そしてわたしの三人。


「なんで本部? なんかしたか、俺ら」

「さあ……」


 そう空返事をしながら、先日渡さんに言われたことを思いだす。

 失敗するはずのない任務で失敗した原因を作ったのは、囮を担当したわたしたちの班になる可能性が高い。確かそう言っていた。

 すっかり見慣れた境弥の森のど真ん中。わたしたちはアンジュ本部、本館の前に立った。ここで、案内人を待て、という指示も受けていたのだ。


「鳴海派の第三キャンプの件か」


 自己解決したらしい梓は、眉間にしわを寄せながら「でも、俺たち本当に何も知らねーよな」と続けた。


「アンジュ本部なんて、初めて来た」

「思った通りの古びた屋敷って感じ。とにかく」


 梓は制服の襟を正し、ネクタイを固めに結び直した。


「公の場では礼儀を正す。俺たちの失態は、渡さんの失態だから。棗、ボタン。エリカはリボン、ちゃんと上までな」


 いつもの渡さんの口癖を唱えながら、梓は身だしなみの指示を出す。

 そうこうしているうちに、懐かしい姿が目に入って来た。銀だ。


「よぉ。迎えに来たぞー」


 チャームポイントの八重歯をのぞかせ、銀が片手を上げた。


「あれ、銀。なんか小っちゃくない?」

「うっせーわ。成長しやがって、クソ羨ましい」


 久々に並んだ銀と梓の身長には、かなりの差が出来ていた。十センチは離れているように見える。


「それより、今日、なんで呼び出されたか、おおよその予想はついてるだろうな?」

「鳴海派第三キャンプ」

「ああ、それだ。それと梓」


 銀は梓を横目で見やってから、「やっぱりいい」と決まり悪そうに目をそらす。


「なんだよ」


 銀は渋ったが、隠しても仕方ないというようにため息交じりに言う。


「お前、疑われてる」

「え? なんで俺が」

「しっ」


 銀が口元に人差し指を立てながら、目で建物の向こう側を睨んだ。


「あそこから見張られてんだ。だから騒がない」


 騒がない、と言われたところにも関わらず、梓は自分が何の敵意もないことを腕をオーバーに振って見張っているらしい人影に伝えた。


「バカ。うるさい動きも禁物だ。今弁明したところで事態は変わらない」

「事態って?」


 手早く説明するから、と銀は柱の陰に隠れるよう指示した。


「梓、お前がヤヨイ国に味方してる、そういう噂が本部中に流れてる」

「え? なんで」

「今回鳴海派の第三キャンプ襲撃は圧倒的勝利を収めるはずだったんだ。あっけなく敗戦したことに本部のトップが怪しんでる。それで情報が洩れてる、っていう結論になったらしい」

「だからってなんで」

「オレもあまり深いところまでは知らないんだ。中堅クラスだし。だけどハッキリしてるのは、今回の呼び出しは軽いものじゃない。覚悟して臨め。オレはお前たちのことをガキのころから知ってるから、案内役を無理やり買って出れたけど、それ以上は何もしてやれない」

「そんな……」


 梓がありえない、と何度も首を振った。

 この間の任務。わたしと棗も梓と行動を共にした。なのに、どうして彼だけ疑われるのか納得がいかなかったが、わたしより先に銀が言葉をつづけた。


「オレはそんなの嘘だって信じてるけど、今は皆気が立ってる状態だから、そんなデマでさえ振り回されてる。今日呼び出されたのは他でもない、お前を裁くためにトップたちと面会してもらうためだ。本部の総帥は私情で席を外すが、四座とその部下による尋問が行われる」

「尋問って、俺本当になにも知らないって」

「とにかく、聞かれたことに正直に答えればいい。幸か不幸か、渡さんもいるから。もちろん、四座の一人の部下として、だけど」

「わたしたちは、どうすればいいの」

「エリカと棗は標的になってないから、なるべく発言をしないように。居さえすればいい。梓を庇うような発言は、逆に梓を窮地に立たせるかもしれないから」


 銀は、苛立ったように息を吐き、キッとある部屋の方を睨んだ。あの部屋で尋問が行われるのだろう。厚そうなカーテンが敷かれている。


「カタツムリって言われてる部屋だ。でんでん虫って言うだろ。出ん出んに掛けてそう呼ぶんだ。一度そこに入って出てきたやつを見たことがないから。噂じゃ、あの部屋の奥で拷問の刑にあうんだと。とんでもないだろ」

「もしかして、今からそこに向かうのか?」

「そうだ」


 梓の表情が青くなっていくのが分かる。唇を震わせ、漏れ出る息を歯を食いしばって止めている。


「具体的になんの容疑がかけられてるんだ。ただの任務のミスだったら、拷問までする必要ないだろう」

「棗の言う通りだな。オレは今回の件について何も教えてもらってないが、一つ分かってるのは……あの部屋に連れて行かれるのは、敵国のスパイ容疑の奴だ」


 皆、息を呑むのが分かった。棗ですら険しい顔つきになっていく。


「なんの根拠があって、俺がスパイだって言うんだ。確かに渡さんも囮が今回のミスの原因になるかもしれないって言ってたけど、それと俺がスパイだって……なんでそうなる」

「ギン兄。梓は、本当に何も」

「エリカ」


 身を乗り出して銀に突っかかろうとしたわたしの肩を棗が引く。


「銀に言ったところで何も変わらない」

「でも」

「棗の言う通りだ……連れて行けよ、銀。俺が逃げないうちにな。あと」


 梓がこちらを向く。


「くれぐれも俺を庇うんじゃない。お前らだって疑われる」

「でも梓が」

「俺のために何も言うなって言ってるんだ、分かれよ……分かってくれよ。これ以上何も言うな」


 梓の悲鳴にも似たその言葉は、どこか千秋を思い出させるものだった。

 偶然発見したアンジュの秘密から、Kクラスに移動する決定をした、あの夜のことを。

 千秋と渡さんは、わたしたちを守るために色々としてきた。その色々の内容をわたしが知るのはもっと後のことだが、あのときの千秋の怒りから、相当のことをしてきたことがうかがえた。

 銀もそうだった。学校の卒業を待たずして姿を消し、わたしたちの前から消えた。丁寧に記憶まで差し替えて。それもきっと、わたしたちを守るためだった。


 今回の梓もそうだ。


 年が上だからと言っても、たった二つしか変わらない。そんな彼が、今まで先輩たちがそうしてきたように、下の者を守ろうとしているように見えた。たどたどしい足取りで、前に立とうとしている。


 みんなの守りたい思いが作った、アンジュ学校。

 守りたいものは、そこにいる大事な人々。その他はどうでもいい。幼い頃から隔離されているのだから、家族はいつだってそこで暮らす仲間だった。


 それならば、わたしは何を守ればいいのだろう。そんなふうに自問自答しているほど、時間に余裕はなかった。とにかく今、なんとかしなくてはならない。


「もう時間だ」


 銀は慈愛のこもった目で梓を見ると、頭をくしゃくしゃと撫でてから先頭を歩いた。

 まるで、あの日森の中をさまよったときのように、そこに梓が続き、棗がわたしの後ろについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドウカ 148 @honoka_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ