第11話「使命」

 英治は少女を工場二階の小部屋に運んだ。傾斜がきつくしかも長い階段を、少女を背負って上がるのは楽ではないはずだった。だが興奮のために疲れをまったく感じなかった。


 少女が意識を取り戻す前に、準備を済ませておくことにした。


 ビデオカメラを流し台の天板にセットし、バックパックから取り出した道具を畳に置く。自分は雨ガッパを服の上から羽織り、逆に少女は、身にまとっているものをすべて脱がせた。


 準備を終えて、英治は脇のパイプ椅子の一つを部屋の中央まで持ってきて座る。畳に寝たままの相手を、しばらく眺めた。

 衣服を取り払われ、未発達の胸部だけが静かに波打っている少女の姿は、何かを象徴している、と英治は思った。考えているうちにそれが、無垢、だとわかった。この少女は完全に無垢な存在だ、声に出さずにそう呟いた瞬間、潮が引くように英治の興奮が収まった。


 英治はふらりと椅子から立ち上がり、何かに導かれるように一歩二歩と畳に近づいた。少女の前で膝をつき、前かがみになって腕を伸ばして、少女に触れた。


 少女は信じられないほど穏やかな寝顔をしている。少女の小さな額に、英治は指を這わせる。目、鼻、頬、唇と、ゆっくり伝わせていく。指先に何の抵抗も感じさせない肌触りは、人工の、よく磨かれた工業製品か何かを思わせた。

 一方で、触れた指先から伝わってくる熱が、確かに少女が一つの命をもってここに息づいていることを証してもいた。


 少女が眠りから覚める気配はない。どんな夢を見ているのか、あるいは見ていないのか、まったく寝返りも打たずにいる。まるで真新しい人形だ。英治はふと窓の外を見た。


 空には水気を含んだ雑巾か何かのように重く垂れ込めた雲がある。昼なのに、この部屋は薄暗い。その中で、目の前の少女の、信じがたいほど白く滑らかな素裸だけがぼんやり発光しているように見えた。英治は神々しいものさえ感じた。


 膝立ちしたまま少女を眺めている自分の姿は、胸の前で手でも組めば、ひざまずいて神に祈りを捧げている敬虔な信徒のようだと英治は思った。


 彼は長いこと少女を見下ろしていた。そうするうちに目と頭が次第に馴れたのか、すっかり忘れていた当初の考えを思い出した。


 俺はあれをやり遂げなきゃ、英治はそう思ったが、競争相手である仲間たちの顔は浮かんでこない。意地や張り合いは消えていた。英治を支配していたのは、心地よい緊張をともなう、強烈な悦びの感情だった。それを彼は、使命感だと思った。

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