第7話「顔写真」

 英治はしばらく畳の上に寝そべっていた。安らぎと同時に、不思議な高ぶりを感じた。ふとあることを思い出した。小さい頃に近所の仲間たちと遊んだ秘密基地ごっこだ。短絡的な感じはしたものの、今抱いている妙な感慨に納得がいった。 


 それから室内を見回してみた。部屋の奥半分を占めるこの畳の上には何も置かれていない。だが戸口側の隅には取ってつけたような流し台が据えられ、天板には昔従業員が使っていたらしい湯呑みがいくつか、だらしなく転がっている。流し台の脇にパイプ椅子がふたつ壁を背に並び、アルミのパイプはところどころくすんでいた。


 奥側の椅子の下に何か落ちているのが見える。無性に気になって近づいた。裏面を上にして置かれた、雑誌だった。拾い上げてひっくり返すと、黒地の、不穏な感じのする表紙に書かれた、彼の知らない雑誌タイトルと、特集のいくつかのコピーが目に飛び込んできた。『世界の大量殺人鬼』という、もっとも大きくて太い赤色のゴシック字がひときわ目を引いた。その脇には小さく白字で「1990年/冬」とあってどうやら季刊らしい。どぎつい色と言葉遣いの大小さまざまなコピーの隙き間に、数センチ四方の顔写真がいくつも掲載されていて、半数が白黒、残りがカラーだった。いずれも男性で、大半が欧米人、何人か日本をはじめアジア系もいる。十人以上いるが、全員が服役囚なのか囚人服を着ていた。彼らがそうなのだろう、と英治は思った。大量殺人鬼。あからさまにカメラを睨みつけている写真もあって、見ていて少し怖くなった。顔写真から逃げるように、英治は表紙をめくった。


 薄い雑誌だったが、読み終えるのにひどく時間がかかった。ページをめくり始めてすぐに内容に引き込まれ、端から端まで目を通したからだ。表紙には特集とあったが、中身はほとんどその手の記事で埋め尽くされていた。十六歳の時にクラスメートの女の子を首を締めて犯しながら殺したデトロイト出身のシリアルキラーは十年後にテキサスの路上で逮捕されるまでに百三十七人の若い女性を同様の手口で殺害した、同じくアメリカのアーカンソーで十八歳になった翌日に売春婦の母親と継父の頭を手斧で断ち割った男はニュージャージーのガソリンスタンドで警官に射殺されるまでの六年間に八十二名の中年女性を惨殺しそのほとんどは街娼だった、釜山を中心に四十名以上の少年少女を言葉巧みに車に誘い込み陵辱したあげくバラバラに刻んで海に捨てていた地元小学校の男性教師の事件は韓国史上最悪だと言われている、旧ソ連全土で男児をターゲットに犯行を重ねた元郵便局員の手による遺体は百以上発見されたものの当人が逮捕直後に舌を噛み切って自殺したために実際の犠牲者の数はさらに多いものと見られている……

 

 ページをめくる英治の手はいつの間にかべったりと汗をかいていた。呼吸も荒く感じる。雑誌の半分まで読み進めたあたりでそのことに気づき、自分が異様に興奮しているとわかった。それは嬉しいとか楽しいといったポジティブな感覚ではなく、嫌悪や軽蔑の入り交じったネガティブなものだった。わずかにだが吐き気まで感じる。

 

 これまで殺人者について、テレビやスマホで見るニュース以外に英治は何も知らなかったし、知ろうとも思わなかった。ニュースでは事の詳細は語られず、そのためにどの事件もたいして違いがないように見えていた。

 

 だがそうではない、と中学生の英治は思った。雑誌に書かれてある事件はそれぞれ驚くほど独自の詳細があり、具体性をもっていて、恐ろしく不快だった。しかしそれでも、実際の殺人者が現実にどう行動し、何を感じたのかという細部までは、他人にはわかりようがない。英治の頭に、ふいに、あることが浮かんだ。自分でも信じられなかった。

 

 この手で人を殺してみたい、英治はそう思った。

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