第7話

 弟はふさぎ込んでいた。

 理由はわかりやすい。とうとうアカウント停止処分を受けてしまったのだ。

 原因はもちろんわいせつ行為だ。

 ぎりぎりのところで楽しむのが彼の嗜みだったのだが、とうとう一線を越えてしまったのだろう。


 とはいえ削除されたわけではなく、停止処分だ。初回ということもあり、その期間は1週間。彼に反省を促すための時間である。



「……ったくよぉ、余計なことすっからだろ」

「で、でもよ兄ちゃん」

「でもじゃねえよ。4日後からイベント始まるのにどうするつもりだ」


 ゲーム内イベントは様々な種類がある。そして今回のイベントは前情報通りであれば、イベント専用ボスモンスターが落とす特殊素材をベースに作る武器らしい。

 それも他のアイテムと掛け合わせて作らねばならないが、そのアイテムは不明。数撃って当てなければならないのだ。

 どんな乱戦でも目当てのドロップを引き当てる豪運兄なら特殊素材をいくらでも集めてくるだろう。その後は弟の出番だ。

 しかし今回は肝心な弟が出遅れる形となる。誰も持っていない装備を見せびらかすことに生き甲斐を感じている兄にとって、これほど腹立たしいことはない。


 それでも鬼畜イベントで右に出るものはいないと言われる『ヒマだお』運営が、たった数日で攻略されてしまうものを用意するはずがない。3日なんてハンデにもならないだろう。


「と、とにかく始まったら速攻で仕上げるからさ」

「当たり前だ。それまで素材は出来る限りかき集めておくぞ」


 部屋から兄が出てから弟は舌打ちする。結局自分のために弟が利用されているだけである。どうにかして兄に仕返しをしたいと考えていた。




「兄ちゃん、出来たよ!」


 弟は喜びの声で兄に報告した。弟の豪運をもってしても、素材を全部使い切るほど必要アイテムは曲者だった。しかしとうとう完成させてしまったのである。

 イベント期間は1ヶ月。今までの特殊素材はほとんど兄が独占してしまっていたため情報がなかったせいもあった。だけどこれからは徐々に情報が蓄積されていき、アイテム自体も出回ることだろう。恐らくは10個もあればいいところだ。


「よしでかしたぞ! 夕食後にプリン食っていいからな!」


 そのプリンは元々弟のだ。これは褒美ではなくマイナスがゼロになっただけ。もちろん兄の分のプリンはちゃんとある。理不尽極まりない。

 そんなわけで兄は喜び勇んで弟の工房へ向かった。



「……で、これはなんだ?」


 兄が睨みつける。弟は仕方ないよと言いたげな顔を向ける。


「さ、サンタ衣装みたいだよ」


 そう、サンタ衣装だ。しかもキワモノ系の。

 ノースリーブなうえ、股下までしかないピチピチのワンピース。紅白のボーダーのハイソックス。そしてサンタ帽の3点セット。もちろんそれには弟ならではの特殊な機能が備わっている。


「……ま、まあいい。これを女の子にプレゼントすりゃあかなり好感度が────」

「ごめん兄ちゃん。兄ちゃんが着ると思って男用で作ったんだ……」


 『ヒマだお』の防具は男女別。男装備ができる女は最初の性別選択の時点でオナベを選ばねばならなく、女装備をしたい男はオカマを選ばなければならないのだ。


「ふ、ふざけんな! こんなもの着て戦ってたら変態だろうが!」

「知らないよ! まさか見た目女性用ができるなんて思わなかったんだから!」


 弟の言葉に兄は顔をしかめるしかできない。彼は鍛冶のこと全く知らないし、知りたいとも思っていないからだ。その分野でトップの弟がそう言うならそうなんだろう。


 もちろん弟の嘘だ。

 今現在、兄は最先端であるサンタ装備をするにはコレを着なくてはならない。だが彼にもロクでもなくともプライドがある。誰かに渡したくはないが、自分で着たくもない。ジレンマが彼を襲う。


「……これ、男用作れねえのか?」

「材料は大体わかったから、次作ればきっと……」

「だったらさっさと作れよ!」

「もう特殊素材全部使っちゃったんだよ! あれがないと流石に無理!」

「クソがあぁぁ!」


 兄は工房を飛び出した。

 そして暫くの間、特殊素材を落とすボス部屋には修羅が篭っていたという話があったとかなかったとか。



 数日徹夜した兄は出来上がったサンタ服を手に入れて絶望する。

 『ヒマだお』の製造で作れるものは、現存するテクスチャの組み合わせのみであるのだが、それによってサンタ服のようなものを作ることくらいはいくらでもできる。しかしそれではこのイベント装備になんの旨味はない。

 ではどこに付加価値があるかというと、通常の鍛冶などでは付与できない特殊な効果があるのだ。それを欲するプレイヤーは数多い。


 だが今回のイベント装備の特殊効果、それはレアアイテムのドロップ率アップというもので、通常プレイヤーにとってはかなり魅力的なものなのだが、兄には完全に無用の長物であった。


 もちろん兄はこの装備を厳重に封印することにした。こんなものが出回っては自分の価値が下がってしまう。だから当然今後も特殊素材を狩りまくることだろう。

 弟は内心でにやりと笑った。


 この兄弟は人間性を犠牲にして豪運を手に入れている。バランスが取れているとも言えるが、世間的には実に理不尽だ。

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最上最悪の鍛冶職人 狐付き @kitsunetsuki

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