第6話

 攻砦戦。それはギルド同士が争う場である。

 ギルド専用の砦の数には限りがあり、所有していないギルドは所有しているギルドから奪う必要がある。

 もちろん無くてもギルドは成り立つ。しかし砦を持つギルドには様々な特典があり、その恩恵は計り知れない。


 だがそんな攻砦戦も、ヒマだおのプレイスタイルのひとつでしかない。それ専用にスキルを上げているギルドはいくらでもある。そして第一線で活躍する、兄のような廃プレイヤーであっても攻砦戦に興味のないギルドもある。誰もが奪い合うといったものではないのだ。


 兄は自分が一番でありたいと思っており、それの邪魔になるものを嫌う。つまり弟の作るものでも、自分が欲しいと思っている或いは自分の所有と同様のアイテムを他人に売るのは許さない。

 だが攻砦戦専門ギルド相手には別だ。彼らはPVP対人戦のみに特化しているため、兄の最前線テリトリーへ踏み入れることはないのだから。


 そのため弟は好き勝手できるため、彼らの依頼は大歓迎であった。




「おい、おいいるか!」


 弟の店に怒鳴り込んでくる男たちがいた。彼らはとある攻砦戦専門ギルドの代表メンバーだ。今回は一体どのようなクレームなのだろうか。


「そんな大声出さないでくれよ。今超級アイテムの製作中なんだから」

「す、すまん」


 超級アイテムは弟以外でも作成にチャレンジするものはいる。但し成功率はとても低く、皆祈るように念じ、慎重に作成する。それは広く知られていることであるため、妨害するのは鍛冶相手には最悪のマナー違反となる。


「んでなんだよ」

「あ、ああ。先日作ってもらった戦術用通信装備のことなんだが」

「あーあれか。あれいいだろ。兄ちゃんたちのギルドにも同じような装備渡したんだけどかなり好評なんだ」

「ああそうだろうさ。あれはほんといいものだ。だけどな……」

「なんだ? 兄ちゃんからも褒められるようなアイテムで不服とか言い出すつもりだったら、ちょっと色々相談しないといけなくなるなぁ」

「あっいや! そうじゃねえ! いやあいいモノ作ってもらって皆喜んでんだよ」

「そうかい。攻砦戦専門ギルドだったら兄ちゃんたちが使ってるのと同じモン作っても文句言われないからさ、歓迎するぜ」


 男たちは微妙な顔をして去っていった。

 兄のいる最高位ギルドと同様のものを作ってもらえるというのは、ギルドとしてもかなり誇らしいことだ。

 もちろんそこに弟のいたずらが含まれていなければの話なのだが。



 ヒマだお攻砦戦というよりも、離れた仲間との連絡には欠点があった。これは恐らく他のVRMMOでも同様だろう。

 チャットは基本音声入力、普通に話すのと同じなのだが、そこに問題がある。


 わかりやすく言うなら、携帯電話で話すのと一緒で、話す人の周囲には会話がダダ漏れになってしまうのだ。


 例えば大魔法などや面射撃を行う際「しゃがめ」だの「避けろ」という台詞を言った瞬間、相手にそれを知られかわされてしまう可能性が高くなる。カウントなんてしたら最悪だ。


 しかし弟の作った音声出力変更アイテムは、同じアイテムを持っている人以外には別の言葉に聞こえてしまうという代物だった。


 暗号を用いるのが通常となっているが、暗号は細かな指示ができないし、とっさの判断のとき、暗号を作っていない動作をしなくてはいけない場合もある。だが最初から言葉で命令できればすぐ動けるし、臨時で雇った傭兵にも指示が出しやすい。


 そして弟が作ったそのアイテム、なにを言っても他人には「ドゥフフフ」「ぐひひひひ」「ふがっふがっ」としか聞こえないという、とても優れたものだった。


 これのおかげでそのギルドは、攻砦戦での勝率が1割近くも上がった。だがそれと同時に気持ち悪い変態ギルドと周囲から認識されてしまった。



 基本的に同じアイテムを作りたがらない理由は、同じ嫌がらせをしたくないからなのだが、嫌がらせができないアイテムを嫌がらせができるように変更できるというのはとても都合がよかった。





「ん? ……ちっ、ねえじゃねえか」


 ある日、弟がいつものように店へ並べる用のアイテムを作っていたとき、使おうと思っていた素材のストックが尽きていることに気がついた。

 弟の使用している素材は、基本的に兄が持ってくるものだ。兄の装備しているものは全て弟製であり、金をほとんど使わないから手に入った素材は全て弟に渡す。

 だが常に最難関へ赴いているため、低ランクの素材がどうしても不足がちになる。

 そうなると弟は町に降りて放置売りのプレイヤーから買う。


 しかしプレイヤーが売るものは、常に変動し数にも限りがある。もし欲しいものがなければ弟は自ら狩りに行く。


 ヒマだおのアイテム製造はシンプルかつ複雑だ。普通に製造する分には特に考えもなくできるが、複雑な命令を加えるとなると、途端にその難しさが顔を出す。

 そのため超級アイテムに、初心者でも手に入る素材を加えることも多々ある。


 もちろんそういった素材の組み合わせは有志作成のWikiに載っている。しかしそれはせいぜい中級まで。上級以上になると組み合わせの自由度が上がる反面、製造確率が下がるため、まだ皆手探り状態だ。


 ただひとり、弟を除いての話だが。




「えーっと、確かこの辺りだったはず……おっと先客か」


 弟は地図を表示させつつ、目的の場所までやって来ていた。

 ここは昔、上級者の狩場だった場所だ。大型アップデートを数度繰り返し、今ではあまり人の来ないような場所になっていた。そのせいでモンスターは湧き放題になっている。

 中級者には厳しく、上級者にはもっと効率のいい狩場ができたため、今どきこんな場所に来るのは弟と同じ素材集めくらいしかいない。


 だから今、弟が目にしているパーティーもそうであろうと推測される。


 弟にとってはただの触媒素材であっても、上級武器の素材としても使われるため、欲する人もいるのだろう。


 ちなみにヒマだおで上級者というのは、他のゲームでは中級者のことを指す。上級の上に特上、最上、廃プレイヤーというのがいる。上級者狩場という言い方は昔の名残であり、今ではもっと上のランクの狩場があるからそうなっているのだ。



「ありゃあ中級者か? 上級者になるため無理して素材集めに来たって感じだな」


 外見で上級者と中級者を判断するのはシンプルで、装備を見ればわかる。彼らの装備は中級と上級が混在しているため、今まさに中級脱却のため努力している真っ最中なのだ。


「しかしなっちゃいねえな。なんだあの無様な戦い方は。まだこんなとこ来れるようなレベルじゃねえだろ」


 弟は偉そうに彼らの戦いを評価しているが、弟よりも明らかに戦い慣れしている。それでも弟のほうが圧倒的に強いのは、その廃プレイヤーの中でも一握りしか手にできていないようなチートクラスの装備で固められているからなのだが。


「ふひひ、そろそろシールダーが潰れて壊滅するぜ。全滅も時間の問題……ん? ありゃあ確か……」


 弟が見つけたのは、昔出会ったことがある女僧侶だ。


 その頃の弟は、自分の作った装備を過信しており、ピンチに陥ることもあった。しかもそのときの持ち物にはドロップ対策がされていなかった。

 この場で死んだら折角作ったトップクラスの装備をぶちまける。それはまずい。やっとの思いで作り上げたものが誰かの手に落ちるうえ、兄から酷く怒られる。


 必死の体で逃げようとしていたが、追いつかれる。ここで終わりかと思ったところでその女僧侶が回復と加速を弟にかけた。


 彼女は所謂経験値ブーストで連れて来られていた下っ端僧侶だった。だから回復も微々たるもの、加速魔法も短時間しかもたなかった。それでも弟が逃げ切るには充分なものだったのだ。


 少女が何故そんなことをしてくれたのか弟には理解できていない。それでも助けてもらったことには変わりがない。あれ以来見かけていなかったのだが、またこうして出会うことができた。



「やっべ、早く逃げろ! もう持ちこたえられねぇ!」

「そんな、ここで逃げたらお前のやっと揃えた装備どうすんだよ!」

「もう魔力残量ないよ! 回復し切れない!」


 パーティーが崩壊する。その寸前、彼らの上空に円盤状のものが現れた。

 それが激しく回転し、液体を撒き散らす。するとパーティーメンバーの体力も魔力も、全てが全快した。


「な、なんだこれ!」

「わかんない! だけどこれならいけるよ!」

「よし、俺も前に出る! 回復頼んだぞ!」


 パーティーは息を吹き返し、モンスターの群れを撃破することができた。



 弟が出したのは、ポーションスプリンクラーという画期的なアイテムだ。

 装着できるのはたったの2本だけだが、広範囲に振り掛けられるため、そこへ魔力と体力の回復ポーションそれぞれ入れておけば、たったの2本で全員を回復させられるというバランスブレイカーだ。



「よし、アイテムのテスト終了。思った通りの効果が出せることがわかったぜ。これで明日の兄ちゃんのおやつゲットだぜ」


 広範囲に薬を撒けるテストだというのならば、別に毒でもよかったのだ。素直に借りを返したと思えばいいのに。


 弟はこういうときの言い訳は下手くそのようだ。

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