第5話

 本日はアップデートの日。しかもちょっといじっただけの類ではなく、いわゆる大型アップデートだ。

 とはいえ新マップやアイテム、素材の追加であって弟にはあまり関係はなかった。


 正確に言えば大いに関係があるのだが、鍛冶なんて誰かが素材を集めてからでないと意味がないため、当日だからといって浮かれているのは兄だけである。


 そして前線へ赴く連中は基本的に廃プレイヤー、つまり弟の客になり得る人物たちであり、彼らが出払ってしまっている以上弟の仕事はなく現在暇を持て余していた。


 こういうときは何かを作るに限る。ここは鍛冶屋であり、それと同時に装備屋でもある。注文されていない装備を作り、販売を行っていたりする。だが弟はそれがあまり好きではなかった。

 理由は単純で、置いている品物を鑑定されてしまうと折角のいたずらが見抜かれてしまう可能性があるからだ。だから鑑定では気付かぬようないたずらをこっそりと仕込まなくてはならない。


 だが稀に、そうと知っているのにあえて購入するといったおかしな連中もいるのだ。



「あらぁん、弟君、お久しぶりぃ」

「……ちっ」


 本日やって来た男……、生物学上と見た目は男、心は乙女の筋肉質な武術家。彼もそんな変わり者のひとりだ。しかも弟のいたずらを喜んで受け入れている真性でもある。故に弟は彼が苦手であった。


「こないだのバイ・ブレード凄かったわぁん。剣装備じゃないからアタシにも扱えて、ほんっと便利」

「ああそうですか」


 一応兄と同じギルドに所属しており、たまに一緒のパーティーで戦うらしい彼を弟は無下にできないでいた。本当に厄介である。

 これで兄の知り合いでなければ追い出しているのに。そんなことを考えつつ商品を見定めているオカマを弟は苦々しく見ている。


 こういった輩をあまり好まないのは、つまらないからである。

 嫌がらせとは相手が嫌がるからこそ成り立つのであり、嫌がらなければそれはただ便利な道具でしかない。そんなものを弟は作った覚えがないのだから。


「今日はそぉねぇ。この胸から聖水が出るブレストプレートをいただこうかしらぁ」

「あっ、それは女性用……」


 そこまで言って弟は口を閉ざしてしまう。

 ヒマだおのシステムでは、キャラクター登録時に性別を設定できるのだが、男女だけではないのだ。

 男女に加え中性、そして男よりの女、つまりオカマと女よりの男、オナベまで選択できる。

 そしてオカマを選択すると容姿は男なのに女性用の服や防具を装備できてしまうという、まさに誰得としか言えないキャラが作れてしまうのだ。


「女性用、つまりアタシ用ね」

「……くっ」


 ニコニコするオカマを苦々しく見る弟。完全に天敵である。


「だ、だけどそれは高いっすよ。だったらこっちの指輪、ペニリングのほうが便利で安いっすから」

「あらぁん、じゃあ両方買っちゃおうかしらぁ」


 このオカマは兄と同じギルド、つまりは最前線トッププレイヤーのひとりであり、更に武術家は基本的に金がかからない。だから金なんていくらでもある。


 弟は基本的に同じ装備を作らない。それは付加価値を高めるためと、同じ嫌がらせをしても面白くないためだ。みんながみんな同じことをやっていたらそれは恥ずかしくなくなる。

 できれば軽戦士の女性に買って欲しかった。だがそんなことはオカマに関係ないことだ。



「今日はとてもいい買い物をさせてもらったわぁん」

「……まいどあり」


 満足そうな笑顔で店を後にするオカマの後ろ姿を弟は歯ぎしりしながら見送った。



 こうなるととばっちりを受けるのは次に来た客である。




「ちょっと、これどういうこと!」


 翌日、ひとりの盗賊少女が弟の店に怒鳴り込んできた。弟は嬉しそうな心を必死に堪え、迷惑そうな顔を少女に向けた。


「あん? なんだよ」

「私、必死にお金貯めて! 持ってたレアも売り払ってようやく買ったのに!」

「んなこと知らねえよ。欲しいと思った品物を売った。あんただって満足してたんだろ?」

「そ、それはそうなんだけど……これ誤植だよね! 直してよ!」

「あーそりゃ悪かったな。でも作りなおさないと無理だからなぁ。機能としては問題ないんだろ?」

「う、うん。思った通りの性能だけどさ……」

「だったら諦めな。そいつは奪われないように所有者固定までしてるんだ。どうしてもってんだったら全部素材を集めて来てくれ」


 このアイテムの素材は彼女ではまだまだ行けないようなハイレベルダンジョンでしか手に入らない。希少価値もあり市場にも流通しないため、泣き寝入るしかなかった。



 彼女が購入したアイテムは、どんな場所でもエスケープゾーンを作り出せるというものだ。防御力の低い盗賊がボス部屋などで生き延びる方法としては、これ以上のものは存在しない。

 ターゲットも外せるし、町でも使えるから諜報活動にも申し分ない。


 ただそのアイテム名を言わなくてはならない。だが誤植のせいで大変なことになっていた。


 予定していたアイテム名は「ownオウン holeホール」、自分用の穴という感じだったのだが、owオゥ na holeホール」となってしまった。

 更に入るときのパスワード「11」は「じゅういち」でも「いちいち」なく、これもまたフランス語で登録してしまった。つまり「アンアン」となっている。


 そのため彼女は使用するたび「オゥナホール、アンアン」と言う必要がある。


 彼女は折角のアイテムなのにパーティーなどでは使用せず、ソロで使う道を選んだ。



 機嫌が悪いときの弟の商品は、特に買ってはいけない。

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