第4話

 最近、弟の様子がおかしい。

 兄はそう感じた。


 兄は弟に大して興味はない。だから普段の弟がどうだとかいまいちわからない。

 そんな兄ですらおかしいと感じるほど、弟の行動が不自然だった。


 しかしそこは鬼畜兄。だからなんだと言わんばかりに最近気になる女の子へと目を向けた。

 おかしかろうと普通だろうと、それ以上兄は弟に興味は持たなかったのだ。





 弟は1ヶ月ほど前、望遠鏡の開発に成功して町を見ていた。

 嫌がらせのバリエーションを増やすためだ。


 弟はこのVRMMOで最上の鍛冶師である。

 どんなに現実で手先が器用であっても、装備製造の成功率は変わらない。

 鍛冶師レベルが熟練ともなれば、初級装備の製造で失敗することは滅多にない。

 だが滅多にないということは、確率として起こりうるということだ。

 結局運次第。それがゲームの恐ろしいところだ。


 弟は成功確率5%未満と言われる超級装備製造で、失敗したことがないというチート級豪運の持ち主であった。

 だから皆、彼に製造を依頼する。それが性能だけが最上クラスで最悪な副産物がついていようとも。


 ある女性は戦場で卑猥な言葉を大声で叫ばなくてはいけなくなり、ある男性は女装癖があると思われた。

 弟は人に嫌がらせをするのが大好きだった。これだけが人生の楽しみと言わんばかりに。


 だけど近頃の彼は、少しおかしかった。

 最初のうちは前述通りに嫌がらせのためであった。だがここ最近は町ではなく、町の周囲を見ていた。

 1人の冒険者が気になっていたからだ。


 その冒険者は女性だった。しかし何やら様子がおかしい。

 歩きづらそうにしていて、ときどき転ぶ。

 最初はドジっ子属性でもあるのかと馬鹿にしながら見ていた。だが少し考えを変えて思いついたことがある。

 きっと体格を大幅にいじったのだろうと。


 VRMMOは自動で歩行をしてくれるわけではない。動作の方法はリアルに準拠している。

 だからキャラクターメイキングの際はなるべく身長をいじらず、その他の体型や顔、髪型だけを変えるのが通常だ。


 その女性は対物比較からすると160~170センチほど。一般女性と比較すると若干高いが、数センチの誤差なら特に問題なく動けるはずだ。

 ということは、恐らく彼女のリアル身長はそれよりも大幅に小さいということになる。


 顔の作りも若干おかしい。うまく作ったのだろうが、微妙にずれている。

 多分リアルの彼女は幼女と少女の狭間くらいなのだろう。弟はそう予想した。

 大人の女性にあこがれ、背伸びをしたい時期でもある。VRでならばそれができると思ってやっているのだろう。


 彼女に気付いたのは1週間ほど前。それから観察するようになったが、そろそろ限界値だろう。

 思い通りに動けず、辞めたくなってしまう頃だ。


 弟は望遠鏡をしまい、自分の工房へ引き返した。





「なあ兄ちゃん」

「んだよ」


 弟の言葉に兄は面倒くさそうな返事をした。

 いや、実際に面倒なのだ。


 今は現実で、夕食を食べているところだ。ゲームでは大体狩りに出ていて連絡がつかない兄と会話できる数少ないタイミングだ。


「ちょっと欲しい素材があるんだけど」

「がんばれよ」


 このがんばれは、自力で手に入れろと遠まわしに言っているだけで応援の意はない。

 長いこと一緒に暮らしているのだ。それくらいはすぐにわかる。


「そうじゃなくて、兄ちゃんに持ってきて欲しいんだ」

「めんどくせぇ」


 一言で終わらされてしまった。


 暫し無言でコロッケを食べる。弟はぼそりと小声でつぶやいた。


「神級に、挑戦してみようかなって」

「ほんとか!?」


 兄は反射的に聞き返した。


 神級装備。

 それはうわさでしか存在しない、超級を越えたものだ。

 実際にあるわけではないから誰も詳細を知らないが、恐らく弟の豪運ですら及ばない存在なのだろうと兄は理解していた。

 そもそも神級を作れる媒体がないのだから、作りようがない。

 しかし弟は見つけてしまった。今まで集めてきた媒体の中に神級を作り出せるものがあることを。


 神級を持っていれば、間違いなくヒマだおでは唯一無二の英雄となれるだろう。兄は弟を応援し、快く素材を提供することにした。

 もちろん自分の装備を作ってもらうためにだが、これほど心変わりをしてしまうほどに神級は魅力的であった。

 弟は兄からもらった素材を持ち、工房に引きこもった。

 今まで培った知識、そして新しく考えていたことをフルに使い、一心不乱に鍛冶スキルを使用した。




「もうやだぁ……。やめようかなぁ」


 女冒険者は愚痴をこぼし、木の横に座り込んだ。初心者用狩場でもうまいこと敵を倒せず、いい加減うんざりしていたのだ。

 親から決められていたゲーム時間は1日3時間まで。その程度では体が馴染むことがなく、常に自らが作り出した体に四苦八苦していた。


 そんなとき、木の根元に何か光るものを見つけた。

 ペンダントだ。

 女冒険者はそれを手に取り、よく観察した。

 緑の宝石がついたとても綺麗なものであり、始めて間もない彼女でも、これがかなりの上物であるとわかる。


「どうしたんだろ、これ。誰かが忘れて……」


 と、それはないなと思った。

 チュートリアルで言っていたことのひとつに、地面に置いたアイテムは拾わないと5分で消滅してしまうというのがあったことを思い出したからだ。

 でもここには誰もいなかった。ならば何故こんなところに?


 基本アイテムは拾った人のものになる。地面に置くほうが悪いのだ。

 だが女冒険者は落とし主が取りにくるかもしれないと、律儀に5分その場で待つことにした。



 誰も来ない。

 とすると、これはもう消失したとしても仕方がないものである。彼女のものとして、誰も責めたりはしない。

 とても美しい宝石に、彼女はだんだん魅了されてきた。これはもう自分のものだ。手放すつもりはない。そう思えてくる。

 彼女は自分の首にペンダントをつけてみた。


「ひゃっ!?」


 突然自分の体に異変を感じた。どうやら鎧や服などが外れてしまったようだ。

 装着しようとしたが何故かつけられない。きっとペンダントのせいだと思い、慌てて外そうとした。

 だが外れない。呪いのアイテムだったのだろうか。彼女は拾ったもので起きたことだから、きっとバチが当たったのだと思った。


 慌ててその場から逃げ、町に行こうとした。


「ん……?」


 走っていたとき、ふと体の違和感に気付いた。いや、違和感がないことに気付いたというべきだろう。


 走りやすい。


 若干差異はあるが、リアルでの自分と同じように動けることがわかった。

 どういうことか理解できない。とりあえずステータス画面を見てみる。


「あ……」


 彼女はステータス画面に映る自分の姿に唖然とした。ちゃんと鎧や服を装備をしている。能力にも補正がかかっており問題はない。

 それに何か違和感があった顔は綺麗に整っており、様々なスキルが追加されていることがわかった。

 だがいくつかのスキルは封印されている。開放にはレベルを上げる必要があるみたいだ。

 理屈はわからない。だがこのペンダントのおかげで今までよりも楽しくプレイできるような気がした。


 試しに敵を倒してみた。驚くほど体が思うように動く。

 どんどん戦う。楽しい。面白い。

 彼女はみるみる強くなっていった。今まで苦労していたのが嘘のように。


 後に彼女は魔法剣士となり、いろんなパーティーから誘われるほどにまで成長する。



 ミニボディ。相手のサイズを変更し、動きを阻害する対敵付与魔法。これにより防具が体に合わなくなり外れてしまう。

 幻影の止まり木。幻によって見た目だけを変更する魔法。変わるのは見た目だけのため、基本は元の体である。


 この2つと能力アップ。更にレベル制限のある上級スキルを含ませ、長く使えるアイテムにした。

 彼女は知らない。これがこの世界に唯一存在する神級装備であることを。




「ご、ごめん兄ちゃん。神級作るの失敗した……」

「ちっ。仕方ねぇな。俺もできれば儲け程度にしか考えてなかったからな。まぁこれに懲りずまたやってみろよ」

「うん、ありがとう」

「それはそれとして……おっ、いいもん持ってるじゃねえか。姿を消せるマントか。これもらっていくな」

「あっ、そ、それだけは……」

「うっせえ! あの素材かなり苦労したんだぞ! これくらいいいじゃねえか!」


 弟は兄の圧制に耐えるしかなかった。



 だけど弟の心は穏やかであった。


 ロリは大切に。それが彼のモットーである。

 今回の件で1人のロリを救えた。これだけで満足だった。




 今日も彼は望遠鏡を覗く。あの女冒険者を見るために。


「ふひ、ふひひひ」


 見つけたようで、いやらしい笑いを漏らす。




 そうそう、この望遠鏡だが、あれから幻影の止まり木を見破るアイテムが組み込まれることになった。

 つまり彼が今見ているものは──。

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