AC裏
アイリデンス
アイリデンスは籠の鳥だ。王家に生まれ、白磁の肌と玉虫色の羽を持った彼は、他者を魅了する様々な要因を持ち合わせていた。麗しい見てくれと高い身分、神がアイリに与えたものはその二つだけだった。力もなく、政治にも疎く、民衆を従えさせるような名声もない。身の回りのことは難無く出来たが、生憎それは王子の仕事ではなかった。
何もできない王子を顧みるものなどいない。
アイリには王家の資産の中から、決して大きくない部屋と教育係が一人と盲目の従者が一人与えられた。アイリの扱いは王家の人間への待遇としては考えられないほどに質素だ。
多くを与えられなかった理由は二つある。ひとつめは、突出した技能のない王子に人員や資源を割いたとして、投資した以上の収益は見込めないとの判断が下ったこと。ふたつめは、羽の特性。これが特に厄介だった。周りの人間を問答無用に魅了し心酔させるこの特性は国王と評議会の面々の頭を大いに悩ませた。アイリに近づいた女中達はこぞって王子の世話をしたがる。世話をしたいとは言い出したものの、あるものはうっとりと話し込み、あるものはそわそわと落ち着きなく付き纏い、世話はおろか仕事全般が投げ出される始末。アイリを慰み者にしようとした者は、捉えられ、見せしめとして内々に処罰された。これにより表立ってアイリに近づく者はいなくなったが、アイリの部屋の扉からノック音が消えることはなかった。
そんな呪いともいえる羽に魅了されることのなかったのが、件の教育係と、羽を見ることのない盲目の従者だった。
アイリは己に与えられた時間のほぼ全てを鍵のかかった自室で過ごした。アイリの羽は本体を害する。扉の外から聞こえる控えめなノックと媚を含んだ声を、アイリはいつも聞こえないふりをしてやり過ごした。
部屋は檻のようだったが、籠の鳥に不満はなかった。外が危険だと知っているならば、檻は自分を守る殻になるからだ。
少し成長したアイリに新しい部屋が与えられた。塔の最上階、城の中で最も景観の良い部屋だ。別に美的感覚を養わせるための措置などではない。そうであったらどんなに良かったことだろう。体よく幽閉されていたのだ。
そうこするうちに王子の部屋の錠前を女中の一人が破った。狭い部屋の中、追い詰められたアイリは窓から飛び降り、重く壮言な虚飾の羽は自身に繋がった体を浮かせることも出来ずに地に落ちた。
国王と評議会は王子を恐れた。二次成長期を過ぎればアイリは今よりも多くの人間を狂わせていくだろう。さりとて世継ぎのいない今、王子を殺してしまえば国民の反発は大きい。
国王は王子を城から遠ざけておくための方便を思いついた。世継ぎを産ませるための女性を探させるのだ。
遠くの星に、宇宙を統べる万物の王がいるという。その娘を手に入れろと国王は言った。
アイリは宇宙船に詰め込まれ、城での居場所を失う代わりに、やるべきことを手に入れた。
巫女世界 佳原雪 @setsu_yosihara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。巫女世界の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます