遊園地《ラブリーラボラトリー》
「遊園地だ」
「遊園地ですね」
「ああ、最高だな。なにに乗りたい、全部回るか?」
「めっちゃはしゃいでるじゃないですか、どうしちゃったんですか」
「辛気臭えな、テーマパークだぞ。これくらいが普通だ」
「いえ、まあ、所長が良いならなんでもいいんですけど……」
「……あれ? 所長?」
「急に消えないでくださいよ、びっくりするじゃないですか」
「ああ、すまんな」
「何食べてるんです……アイスクリーム?」
「クレープだな。こっちはお前の分」
「どうも……あの、あまり甘いものは……」
「ああ、そういうと思ってクリームサンドはやめてきた。甘くないから平気だろう」
「ちょっと失礼。ええと、卵のフィリング?」
「そうだ。嫌いじゃなかったはずだ。味の方はどうだ」
「悪くないですね……」
「だろ」
「ジェットコースター乗ろうぜ!」
「好きなんですか」
「やー、花形だろ。運動エネルギーと巨大構造物。男のロマンだ。まあ、私は男じゃないが」
「何か言いだしてから前提を否定するのやめません? あれ、眼鏡どうしたんです?」
「ん? ああ、邪魔になるから鞄と一緒に預けてきた」
「えっ? 見えるんですか」
「まあまあってところか。あれだ、落とすといけないからな。あのメガネ特注で壊したら替えがないんだ」
「ああ、そうなんですか」
「わぁああああああああああ!!! 所長!!! 騙しましたね!!!」
「何の話かなああああ!!!」
「畜生!!! 地上に戻ったら覚えてろください!!!」
「大丈夫か?」
「お、覚えて、おぼ、おえぇ」
「ごめんな、お前の三半規管がそんなに弱いなんて思わなかったんだ……」
「所長の耳石どうなってるんですか……あんなもの、並みの人間では耐えきれませんよ」
「とりあえずこれ飲め、顔が真っ青だ」
「だ、誰のせいだと思ってるんです」
「俺のせいだな、悪かったって」
「次、なにか乗りたいものはあるか、それとももう少し座ってるか?」
「しばらく座らせてください。まだ視界が揺れている……」
「おー、よしよし、大変だったな、好きなだけゆっくりしていくといい」
「本当に、誰のせいだと思ってるんです」
「すこし歩きましょう」
「おお、いいぞ。道なりにうろうろするか」
「ええ。ところで、あの看板です。見えますか。なぜ遊園地に温泉が併設されているんでしょうね」
「デートコースだからだろ」
「そういうもんですか」
「そうだと思うがな。三次産業同士でくっつけとくってのも悪くない考えだと思うぜ。遊園地と温泉じゃ客の取り合いにはならんだろうし」
「ああ、確かに。宿泊施設ですもんね」
「そうだ。昼に表で遊んで、夜はしっぽりって寸法だ。風呂がついてるのはデート的にも正しい」
「……そうなんですか?」
「温泉って温水プールみたいなもんだろ。水! 行楽施設! レジャー!」
「前から思っていたんですが所長のそのプールに対する雑な認識なんなんですか?」
「言うほど変か? どっちも裸で水浴びするんだろ。それが楽しい。何が違うんだ」
「そこです」
「どこだよ」
「裸で水浴びするってとこです。所長、性愛ベースでしかものを考えられないんですか」
「概ねその認識で間違いない」
「そこは否定してください」
「ははは、冗談だ。それで、何が違うのか、お前の意見を教えてくれよ」
「あなたが言うと冗談に聞こえません。ええと、そうですね。プールには他人の目があるでしょう。そもそも水遊びをする場なわけですし。スポーツ系のレジャーなんですよ、そもそもが。交感神経優位の遊びなわけですよ」
「ほう。なるほどなるほど」
「それで、基本的に風呂場の方はプライベートなものなのではないかと思うわけです。遊びじゃないんですよ。体を洗い清めるのはあまり他人がかかわることでもないわけで、こう、関係性としてはより密接な……わかりますか、この二つには根本的な違いがですね。遊びじゃないんですよ、オキシトシンとアドレナリンくらい違うんですよ」
「なるほど良い意見だ」
「所長の認識がこれで少しは改善されると良いんですがね。前回だって、一体なんであんなことになったんですか」
「あー、なんだっけ?」
「銭湯の大浴場を貸し切ってビーチバレー大会を決行しようとしたでしょう。忘れたとは言わせませんよ」
「ああ、あったな。あの時はユイと伊織を呼んだんだったよな」
「そうですよ」
「いいんだよ。あんなの全部方便だ。プールも、浴槽も、ビーチバレーだって、ほんとは何でもよかったんだ。俺とお前とユイがいて、あんときは伊織もいたな。あとPと伊達がいれば言うことなかったんだが……あー、なんだっけ。ああ、そう、騒げれば何でもよかったんだよ」
「そうなんですか?」
「嘘ついてどうなる。全部本当だ。ユイには言うなよ。あいつああ見えて俺には容赦ないからな」
「身から出た錆では?」
「付き合いが長いからだと言ってほしいね。仲良しなんだよ、私とユイはな」
「そう、ですか……?」
「なんだ、ヤキモチか? 性別に関わらず人間の嫉妬は醜いぞ」
「いえ……今の、仲良しって顔じゃありませんでしたよ」
「あー、まあ、色々あったんだよ。俺は最初のユイを助けられなかったし……まあ、それはいいか。できることはやったんだ。当時のあいつにも言ったが私は医者じゃない。私はあいつがいなけりゃここにはいられない」
「……? どういうことです?」
「私が宇宙から来たというのは前に言った通り。私は余所の人間だ。人間……くく、まあ、人間でよかろう。最初はお姫様の医者として、今は結の親としてここにいる。あいつがいなけりゃ俺は身元不明の不審者だ。俺を連れてきた人間ももういないしな。この国においては、結との関係が『俺』の存在を担保している……ああ、安心しろ。お前とPと伊織はちゃんとこの国の人間として届けを出してある。それからユイのことは心配するな。あいつは塔生まれのお嬢様だ」
「そうなんですか」
「そうだ。お前の名字なんつったかな……お前が望むなら、なんてことない一般人として一生を送れるぜ」
「謹んで辞退させていただきます……」
「贅沢者め。いつからそんな捻くれちまったんだ」
「あなたに似たんですよ、諦めてください」
「くく、そりゃ仕方ない。おまえ、俺の扱いが上手くなったな。してやられたぜ」
「げらげら笑いながら言われてもあまり嬉しくないんですが」
「ははは、許せ。あー、さて、次はどこへ行きたい? 元の場所に戻ってきちまった」
「どうしましょうね」
「もっかいジェットコースター乗るか?」
「遠慮しておきます……そういや所長」
「なんだ?」
「その眼鏡、どの辺が特注なんです?」
「あー、知りたいか?」
「いえ……」
「つまらない奴だな、訊いといてそれはないんじゃないか?」
「……聞き返されるとなんかヤバい裏話があるのかと思うじゃないですか。嫌ですよ、こんな良い天気の屋外でとんでもない話聞かされるの」
「そういうのは特にはないな。あれだ。レンズが防弾ガラスになってんだ。よほどのことがない限り割れないぜ」
「またえらいものをかけてますね」
「胸ポケットに入れておくと万が一の時に役立つかもしれない」
「役に立つようなことが起こらないことを願いますよ」
「赤のレーザーポインターがこう、胸元に」
「やめてくださいよ」
「ぴぴぴ、どーん。『(レンズを爪ではじく音)』まあ、起こるときは起こるもんだ。そして死ぬときは死ぬ。俺は死なないが」
「その自信どっから来るんですか」
「空の向こうだ。冗談はともかく、他人より死ににくい体にはされてるからな。確率から言えば概ね死なないって言っても過言じゃないぜ」
「そうなんですか」
「そうだ。そういうわけでフリーフォール乗るか」
「それって、宙返りとかしないでしょうね」
「しないぞ。レールは真っ直ぐだ」
「それならいいでしょう」
「わあああああ!!!!!!! だましましたね!!!!!!!」
「悪いちょっとこれ俺も無理」
「所長!?」
「うぇ、死ぬかと思った」
「こっちの台詞ですよ! 隣であんなこと言わないでください! 死を覚悟するじゃないですか……ちょっと所長、起きてくださいよ。大丈夫なんですか」
「股間が薄ら寒い」
「ええと、あの……大丈夫ですか?」
「あー……どうだろうな」
「水飲みます?」
「悪い、助かる……」
「所長、動いて平気なんですか」
「ああ。足元はふらふらするがその他は概ね良好だ」
「大丈夫って言いませんよそれ。どこへ向かってるんですか」
「メリーゴーラウンドだ。こういうの好きか?」
「特にこだわりはありませんね。ああでも、馬車に乗ってみたいとは思っていました。径の小さいものだとそもそもないんですよ、馬車」
「そうか。私は馬のほうが好きだな。あれ、下から見上げるとカムが回るのが見えて面白い。只々上下に動くだけじゃないんだぜ。上部パーツの回転によって、本体が弧を描くように揺れるんだ」
「そうなんですか。詳しいですね」
「わりにな。好きなんだよ、こういうの」
「あれ、所長も馬車のるんですか」
「今馬に乗ったら落馬する」
「……確かにそうですね」
「結構速いですね」
「回転速度は外側のが早いからな。やー良い眺めだ」
「遠心力っていうんですっけ」
「ん?」
「このまま弾き飛ばされそうです」
「……ファイトだ」
「ひい」
「なんで観覧車なんか乗っちゃったんでしょうね」
「高い。怖い」
「所長、揺らさないでください」
「何がロマンチックな夜景だよ。拷問じゃねえか」
「やめてくださいよ、こっちだって怖いんですから」
「なにか落ち着く話をしよう。なあ、遊星歯車機構って知ってるか?」
「何でしたっけそれ、そもそも今言う話ですか」
「今言う話じゃなくてもするんだよ。なんだ、ロマンチックにキスでもするか? この足元のおぼつかない中空のゴンドラ内に安全バーもない状態で黙って座ってられるのかお前。俺は無理だね! わーははは!」
「やめてくださいよ、隣のゴンドラの人に狂ってると思われたらどうするんです」
「思わせておけ、どうせその辺を歩いてるカップルの殆どは他人の眼なんか気にしちゃいない」
「大丈夫ですか所長」
「大丈夫なわけあるか。ビルより低いと思って油断したぜ、こんなに高いとは……なんで目を瞑るんだ」
「外は見ない方向で対処しようかと」
「良い考えだな」
「…………」
「…………」
「……所長?」
「地面が近い。なあ、地面が近づいてくるとなにか別種の恐怖がないか?」
「なんなんですか。恐怖を煽るようなこと言わないでくださいよ」
「いやだって怖いじゃん。あれだけ恋しかった地面にぶつかって死ぬんじゃないかって気がしてくる」
「嫌なこと言いますね」
「太陽に焼かれて溶けた蝋の羽の話は知ってるか」
「それいまする話ですか」
「違うな、すまん」
「もう、勘弁してくださいよ。寿命がどんどん縮むじゃないですか」
「現在形なのクールだな。あー、めっちゃっくちゃ怖かった」
「本当ですよ……そろそろ帰ります?」
「そうだな、良い考えだ。昼食べてないことだし、帰る前にレストランでなんか食ってくか? 奢ってやろう」
「遠慮しておきます。空腹ではあるのですが、あまり食べると戻しそうなので」
「同感だな。一つ頼んで二人で食うか」
「おいしいですねこれ」
「そうだな」
「何を見ているんだ?」
「いえ、帰りに見たアトラクションのライトアップが見えやしないかと思って」
「見えないと思うぜ」
「そうですかね……」
「そりゃあな。見えるとしたら向こうの窓からだ。反対だぜ、そっち」
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