夏《ラブリーラボラトリー》

「よぉ、プールとか興味ないか」

「今度はどうしたんです。塩素ならありますからそこの水槽にでも水張って、半日くらい浸かってたらいいじゃないですか」

「なんだ、今日機嫌悪いな」

「暑いんですよ……」

「暑いならそれ、脱いだらどうだ」

「嫌です……!」

「なんだなんだ、シャツのボタンなら全開でも構わんぞ」

「触んないでください、暑苦しいっ……!」

「おいおい危ねえな……なあ、マリ、お前いつからここにいた」

「……いつもの通りですが」

「そうか。そこの椅子に座れ。戻ってくるまで何もするんじゃないぞ、いいな」

「はあ、わかりました……」



「ほら、飲め」

「どうも。ストロー挿すなんて珍しいですね」

「ああ、噛むなよ?」

「噛みませんよ、あなたじゃないんですから」

「はは……美味いか」

「ええ」

「……おい、その辺にしとけ、汗が噴き出るぞ」

「へ? うわ、」

「いわんこっちゃない。ほら、大丈夫か」

「気持ち悪い……」

「着替えて休め。そうすればじきに良くなる。服なら俺のを貸してやるから、」

「そうします……」

「シャワー室に服もってっときゃいいか、」

「あー、お願いします」

「わかった、運んどく」



「おーい、生きてるかー」

「……死んではいませんよ」

「なんだ、体洗ってたのか」

「勝手に開けるのどうにかなりませんかね」

「いやあ、どうにもならんな」

「そうですか」

「結構回復したみたいだな、どうだ、後で飯食いに行くか」

「悪くないですね。ところで閉めていただけませんか」

「ああ、悪い悪い。じゃああとでな」

「ええ、」




「おお、似合うな、」

「所長、服のサイズいくつなんです?」

「MかL、お前と同じぐらいだ」

「へえ、もっと大きいかと」

「それは先入観ってやつだ」

「ですかねぇ」

「そうだろきっと。着心地はどうだ。わりかしいいだろ」

「さすがにいつも着てるだけのことはありますね」

「なんだ、嫌味か」

「いえ、その件では僕も人のことは言えませんので。ところでこれ、長くないですか?」

「一応ミニ丈のワンピースだからな」

「えっ?」

「嘘は言ってない。もっともワンピースとして着てたのはごく短い間だけだが」

「へえ、知らなかった」

「覚えてないかな。まあ、いいか」

「? なんか言いました?」

「ああ、飯を食いに行こうって言ったんだ」

「そうでしたね、じゃあ行きますか」

「肉がいいな、ハンバーグとか」

「所長の引き出しにはハンバーグしかないんですか?」

「可能性は高い」

「肉って言ったら、えーと、焼き鳥とか焼肉とか、」

「焼いてばっかじゃねえか。あ、つくねとか」

「本質的にハンバーグと何ら変わってないじゃないですか」

「そうだなあ、じゃあから揚げ定食でも食いに行くか」

「そうですね、そうしましょうか」



「さすがにここは涼しいな。ああ、そうだ。海に行く話だけどさ」

「プールじゃなかったんですか」

「結を誘おうと思うんだ」

「忙しいんじゃないんです?」

「大丈夫だろ」

「で、いついくんですか」

「結がなんていうかだよな、今度聞いとく」

「決まったら教えてくださいね」

「おお。水着用意しとけよ」

「……所長はどうするんですか」

「どう思うんだ?」

「それを質問で返すんですか?」

「ああ、返答は期待しちゃいないがな」

「体型によりますね……」

「俺の体型がどうしたって?」

「いまいち把握できてないんですよ、筋肉の量、肩の厚さ……ああ、そう、性別がどっちよりなのか」

「ああ、まあそういう体だからなあ……」

「そうなんですか?」

「角度次第でどうにだってなる。そうやって作られたんだ」

「……」

「おいおい、黙るなよ。なんかまずいこと言ったみたいじゃないか」

「そうですね、実際言いましたからね」

「から揚げやるから食えよ。うまいぞ」

「……レモンかかったから揚げを断りなく口に突っ込むのはよくないと思うんですが」

「いや、これはもとからこうなんだよ。レモンから揚げセット。あと、食いながら話すもんじゃねえぞ」

「……なんてことだ」

「そもそもレモン嫌いだったか?」

「いえ、そうではなくて」

「……?」

「所長にはまともでいてほしいなあと」

「ああ、やるなら先に言えと。もっと紳士的で普遍性に富んだ振る舞いをしろと、そういうことだな?」

「その通りです」

「そうだなあ、お前にそれを言われちゃうとなあ」

「僕なんかしました?」

「その言い方だとだれに対してもあっぱらぱーみたいじゃねえか」

「違うんです?」

「酷いなお前。前からだけど」

「僕に口のききかたを仕込んだのは所長でしょう?」

「そう、そうだったな、忘れていたよ。そうだ、お前に話し方を教えたのは俺だ」

「変な笑いかたしないで下さい。くつくつ笑いながら歯軋りするんですから」

「いやあ、昔からの癖でな。多分もう治んねえわ」

「知ってますよ。それでも昔に比べて最近歯軋りの回数も減りましたよ」

「……は?」

「イラついてる時と楽しくて仕方がないときと。何かに耐えるときしかしないんですよ、気づいていませんでしたか」

「……よく見てるな、お前」

「お互い、そう短い付き合いでもないでしょう」

「そうだな……おまえ、今年でいくつになる?」

「知りませんよ。どっから数えるかで変わってくるじゃないですか」

「ああ、確かに」

「学校に行ってたらまだ数えやすかったと思うんですけどね」

「……ストップ。この界隈に学校はない、なぜ知っている?」

「……どういうことです?」

「学校はどんな場所だ。言ってみろ」

「制服を着て集団生活で勉強して、定期的に考査があって、なんかあとありました?」

「早弁と部活と先生への嫌がらせが抜けている」

「うわ」

「くっきりイメージが浮かぶだろ、おかしいと思わないか」

「ああ、確かに。データを作る段階で入ったんじゃないですか?」

「俺は入れてない」

「もう一人は」

「あいつはこの町の出だ、それに」

「それに?」

「そういやユイも知っていたんだ」

「……? 彼女が?」

「あいつが、オリジナルのほうが死ぬ前に」

「ああ、記憶の移行のまえに?」

「そうだ。ユイは誰の干渉も受けていない」

「変ですね」

「変だろ。ただまあ、答えはすでに用意してあるんだ」

「へえ」

「ああ」

「……言わないんですか?」

「聞きたいか?」

「聞き返さないで下さいよ」

「素直じゃねえな。えーと、共通認識がすでにどこかに存在して、それをなぞってるんじゃないかって話だ。最初から知っているもんだと定義付けがされている」

「携帯端末がデータベースを参照して同期するように?」

「ああ、そうだな。そんな感じだ」

「うーん、まあ、信じられない話じゃないですね」

「そういってくれるか」

「ええ、ところで味噌汁もう飲まないんですか。冷えちゃいますよ」

「ん? 欲しいのか?」

「くれるっていうならもらいますよ」

「あ、じゃあもう一口だけ。あとはやるよ」

「わーい」

「味噌汁は好きか」

「白米と一緒に食べると旨いんですよ」

「そうだな。確かにそうだ」

「聞いてます?」

「ああ、私もそう思う」

「……聞いちゃいねえ」




「結局、いくんですか」

「ああ、今、結につなぐ。はろー、こちらキア」

『はい……所長さん?』

「そうだ。暇があったら今度海いかないか」

『海? そうですね。今は差し迫った予定もないですし、構いませんよ』

「ああ、それはいい。じゃあ一週間後でどうだ」

『はい。あ……えっと、大丈夫ですか?』

「なにがだ?」

『髪が錆びるかもしれません』

「ああ、大丈夫だ。そんな風には作ってない」

『それなら問題ないです。ではまた、一週間後に』

「おー、水着用意しとけよー」

『はい』

「おー」

「話は終わりましたか?」

「ああ、いやー、懐かしいな」

「結と話すのがですか」

「ああ、あいつは結からユイに戻りつつある。ラプンツェルだったころのユイにな」

「塔の上に幽閉された姫の話でしたっけ」

「ああ、高層ビルから出ること叶わない、病のお嬢様のお話だ」

「どこか悪かったんですか」

「そうだなあ、顔と頭は良かったぞ。お嬢様だしな」

「そうですか」

「ああ、正直どこがどう悪いかなんて、調べるのは専門外だ。私は新しい入れ物を用意したに過ぎない」

「前言ってた通りですね、医者じゃないって」

「そうだ、私の専門はこっちだ」

「腕の肉を引っ張らないでください、痕が残ったらどうしてくれるんです」

「総とっかえもできるぞ。お前がそう望めば、って痛たたた」

「返しませんよ。この体はもう僕のものです」

「痛い痛い、私が悪かった」

「そうですよ、勝手なことばっかり言うんですから」

「悪かったって。それにしても右腕か」

「なんですか」

「そんな警戒しなくても取って食いはしねえよ」

「そんなこと、わかってますよ」

「私の腕に付いてたものが今はそこに収まっているって思うと感慨深くてな」

「……あなたがやったんですからね」

「ああ、私は腕の一本や二本で死ぬようにはできてないからな」

「身体は大事にしてください」

「してるさ、お前が思うよりずっと」




「……私が死んだら誰が治せるっていうんだよ、なあ」








「海だ」

「海ですね。日本海でしょうか」

「ああ。なあマリ、バレーボールしないか」

「嫌です」

「そうか。結、変な顔してるが大丈夫か。貧血なら休んでていいぞ」

「ええ、屋内にすると言っていたので何かあるとは思っていたのですが、まさか銭湯貸切とは夢にも」

「なんのかんの言って、やっぱり海水はまずいと思ったんだ」

「プールはなかったんですか」

「こっちのほうが面白いだろ」

「キアさん、変わりませんね、最初にあった頃から全然」

「まあ、そうでしょうね。僕が知っている限りでもそうですし」

「なんと今日は伊織もいる、そこにモニターがあるだろ。結、ちょっとケーブルつないでみろ」

「はい、感電の恐れがあります、触らないでくださいね。あ、お久しぶりです。はい、へえ」

「どうだ、結」

「あ、はい、伊織さん、所長さんと話がしたいって」

「あ、マジで? なんだなんだ」

「楽しそうだなー……」

「所長さんがどうしてるのか気になっていたのですけど、この様子じゃ大丈夫みたいですね。どうです、そちらは」

「あー、相変わらず」

「元気そうで何よりです」

「そう、そう……? まあ、そうか……」

「ほどほどに構ってあげてください。所長さんああ見えて寂しがりなとこありますから」

「知ってるよ……」

「ふふっ、それは失礼」

「おー、なんの話だ。私も混ぜろ」

「所長さんが私のところに来た時のお話ですよ」

「懐かしいな。ユイの病気を治すためっていって研究室にきたんだ」

「病気」

「原因は水の汚染でした。いつからか水に金属が混ざるようになって、私の前の体はそれに耐えられなかったんです」

「それ、身体が変わった今も金属は混じってる、って続くんだろ」

「所長?」

「知ってたんですか?」

「なあ結、頭のその被膜コードの中身はどこから来るかわかるか」

「なるほど。なかなか良いアイデアですね」

「そうだ。こうすれば浄化装置に頼らずとも生きていける。そういや思ったんだけどさ、ユイの髪この辺りじゃ珍しい色だよな」

「そういう家系なんです。ライトブルーはまあ、私の家の中でも珍しいんですけれど」

「黒髪が多いよな。こう、真っ黒じゃなくて焦げ茶っぽいやつとか」

「そうですね」

「そういうお二人とも金髪ですけど」

「はは、全くだ」



「今日はありがとうございました。また近いうちに」

「おー、じゃあな。今度は飯でも食いに行こうな」

「ええ、きっと」

「こんどは、P……直木さんも一緒に」

「ああ、帰ってきたら一番に連れてきてやるよ」

「ふふ、たのしみにしています」

「じゃあなー」



「あんな簡単な挨拶でよかったんですか。めったに会えないんでしょう」

「『ユイ』に忙しい人間だと思われちゃ困るからなあ」

「難儀ですね」

「そんなもんだ。いつも暇にしていると思えば連絡も取りやすいだろ?」

「ああ、確かに」

「な、いいんだよ。それに堅苦しい挨拶嫌いだし」

「それは所長が?」

「もちろんだ」

「ですよね」


「ところで伊織はどうしたんですか」

「帰った。生身の肉体ないのも楽しいって言ってたぜ。あいつも巫女に似てきたな」

「どの辺がですか」

「電子の海を『流れる』ところだ。しっかし結局伊織の体はどこ行ったんだろうな」

「巫女に持ってかれたんじゃないですか」

「ああ、わかる。ありそう」


「ああ、そうだ。ウォーターベッド欲しくないか」

「そんなに水が好きなら一晩水槽に浸かってればいいじゃないですか。そのうち根が生えてきますよ」

「ああ、なんだっけそれ。ホウセンカだっけ」

「クロッカスです」

「ん? ああ、そうそれだ。植物としてはホテイアオイのほうが好きだんだけどな」

「なぜです?」

「水に浮くだろ。水陸両用っぽくてよくないか」

「所長、あれとか好きですよね。ランとか」

「あいつらすげえよな。サボテンとかもいいぞ。夢がある」

「そうですねえ」

「教会に庭園造るのが夢だったんだよなあ」

「それが仮に本当だとして何を植えるつもりですか」

「そうだな。ご想像にお任せしますというやつだな。ハーブ園とか作りたいな」

「所長がラベンダーとミントを増やし過ぎて最終的に土に火をつける姿が見えます」

「やらないとは言い切れないあたりがなあ。あいつらヤバいらしいじゃんな」

「うそでもやらないって言ってほしいですね」

「ほーかほーか」

「放火?」

「そう。よくわかったな」

「まあ、慣れですよね。今回のはいつもの駄洒落を輪にかけて酷いとは思いますが」

「辛辣だな」

「それくらいつまらないってことです」

「そうか、これからは知的なジョーク路線で行くことにしよう」

「ぜひそうしてください」

「ミカンと布団だな」

「何か言いました?」

「私じゃないぞ」

「暑いときに薄ら寒いこと言われると頭に来るのでなるべく慎んでくださいね」

「怖いなお前。しょうがねえな、黙っててやるよ」

「素直ですね、何か企んでるんですか」

「いや、さっきのお前マジで怖かった。あとその言い方はやっぱりどうかと思う」

「日頃の行いじゃないですかね」

「ああ、そうだな……ちょっと悔い改めるか」

「そうしてください」

「……石がストーン」

「死んでください」


2014-01-18

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