AC後
臓器くじ《ラブリーラボラトリー》
「なあマリ、臓器くじって知ってるか?」
「ええ、存じてます。くじ引きで決まった健康な人間をバラして、内臓疾患で死にかけた人間に再分配する思考実験でしょう?」
「流石。それについてどう思う?」
「バラされる側に選ばれるのは嫌ですね」
「ほう、いい答えだ。他には?」
「他には…?」
「他人の体だぞ。なんかないのか」
「……僕はクローンでしたね」
「ん? なんだ、続けてみろ」
「僕はあなたの言う『魔術師』のコピーです。です、が、僕はオリジナルと違って魔術師ではありません。そしてそれはあなたも同じです」
「ふむ、その通りだ」
「しかしここで魔術師の内蔵をバラして入れたとすれば、僕らはオリジナルに近づいてしまうのではありませんか。それはとても危険なことではありませんか」
「原型との差を見出そうとしてももはやそれは存在しない、と」
「そうです」
「内蔵にも人格があると、そういう話だな?」
「人格……そうですね。所有物は持ち主に帰属すると言いたかったのですが」
「なあ、この国で臓器くじの話って聞いたことあるか?」
「なんか話すようなことありましたか。実用化されてはいないはずですが」
「本当に?」
「……本当に……?」
「臓器くじの話、知っているか?」
「……どうやら僕は何も知らなかったようだ」
「そうだな。教えてやろう。さっきも言ったようにバラされた人間は内蔵を取られて死ぬ。特に一つしかない臓器を取り出されたら生きてはいれん。二つのものがゼロになっても、だ」
「そうですね」
「だが、そうやって切り分けていくと内蔵には余りが出る。心臓や肝臓、腸や皮膚を切った余りが。もちろん生ものだ。置いといたら腐っちまうし、冷凍もできない」
「どうするんです」
「どうするんだろうな?」
「所長?」
「結の体をみたことがあるか?」
「ありますよ」
「中はどうだ。開いてみたことは? 内蔵のひとつひとつ手に取って確かめたことは?」
「あるわけないでしょう……何を言っているんですか」
「あいつの体は臓器くじの売れ残りだ。金属を吸収してしまう腸も犯されるばかりだった皮膚も全部他人のものへ置換した。あいつには腎臓が5個、胃と肝臓がそれぞれ二つ、他の臓器も余りを巧妙に詰めてある。そうは見えないだろ? 適量入ったものなんて自前の目玉と脳みそくらいのもんだ」
「……臓器の、保管のために?」
「なに驚いてるんだ? 保管もあるが、大半は処分目的だな。だって『普通に』切り分けて『余る』んだぜ? また新しいのバラして持ってくれば済む話だろ」
「そんなにさくさく切って『新しいの』の中に自分が入るのが怖くないんですか?」
「怖くないさ。入りっこないんだから。私はそもそも健康でも人間でもない」
「じゃあ人間のはずの結の体はどうだっていいんですか。所長が人間じゃないから、どうなったって構わないって言うんですか」
「なんだなんだ、怒ってるのか?」
「怒って……どうでしょうね。わかりません」
「らしくないぜ。こんなことで動揺するなんざお前らしくもない」
「……」
「なあ、お前には体をやっただろ。あいつにも同じものをやったんだ。お前とは違って、あいつを構成する、あいつの国のもので」
「……所長。腕、前からそんな色でしたか」
「ん? 何色だ?」
「緑です」
「ああ、光合成するからな」
「そうですか、じゃあ前の腕は」
「前の腕? なんの話だ?」
「体の他に、腕をくれたでしょう」
「腕?」
「……あなた、誰です?」
「…………」
「…………」
「おい、大丈夫かー。おーい」
「……所長?」
「ようやくお目覚めか、随分とうなされてたぜ」
「腕を」
「ん? 腕? あるぜ、ほら」
「……」
「なんだなんだ、なんかあったのか」
「ええ、まあ」
「怖い夢でも見たか?」
「ええ、そうですね……所長」
「おー。なんだ、かしこまって」
「結は、所長の、なんですか?」
「ユイ? それとも結のほうか?」
「両方です」
「あいつは、って言ってもわからねぇよな……ユイは俺の友達だよ。結局俺はユイを救うことは出来なかった」
「…………」
「結は家族か。俺とお前と伊織、Pの事を良く知る、この研究所の一員だ」
「…………」
「抗争前は楽しかったぜ。結もPも伊達も随分遠くへ行っちまったもんだ。結はユイに戻りつつある、良いことだとは思っているけどな」
「そうですか」
「聞いといてそのリアクションはどうかと思うぜ」
「すみません」
「……調子狂うな。夢見がそんなに悪かったのか」
「ええ……所長は臓器くじってご存知ですか」
「知ってるぞ」
「…………なにか、思うところは」
「可愛い女の子は高値で取引されそうだよな。顔写真なんかのせて、こうさ」
「はい?」
「わかるだろ。可愛い女の子を体に取り込むんだ。問題は可愛い女の子がこの世からいなくなるってところか」
「まあ、そうですね……そうですかね……?」
「おー、そうだ。そうに違いない。あと、男でも女でも性」
「この話はやめましょう」
「付け替えてでかく」
「やめてください」
「あれも臓器だろ」
「だからと言っていまその話をする必要もないでしょう」
「お前が振ったんだぞ」
「振ったのは僕ですが言い出したのは所長からです。その手には乗りませんよ」
「ばれたか」
「当たり前です」
「お前も穴増設してみるか? 使い勝手も利便性も作りもめちゃくちゃ悪いができなくはない」
「間に合ってます。それに何に使うんですか」
「……間に合ってるなら使い道はないな。うん、使い道はないぜ。どうだ?」
「そこで頷くと思うんです?」
「無理だな」
「本当ですよ」
「まぁ、あれだ。望まないお前に穴開けたところで俺の劣化コピーが出来るだけだ。流石にそれは気が咎めるってもんだ」
「劣化コピー……ああ、そういうことか」
「そういうことだ。さては忘れていたな?」
「普段から意識するようなことでもないでしょうに」
「確かにな」
「所長、ベースはどっちでしたっけ」
「女だ。残念ながら前も後ろも機能不全を起こしている。初期不良だ」
「そこに頭も付け加えといてください」
「頭は違うぞ。これは20年かけて壊したんだ」
「なお悪いのでは?」
「そんなことはない。それに頭脳のほうは健在だ」
「……そうですか。今更何を言っても戻るものではないですし」
「直してはくれんのか」
「無理です。他人の脳に挿げ替えたところで拒否反応起こすのが関の山でしょう」
「信用ねえなぁ」
「初対面の人間にスリーサイズと下着の色を聞く人間の脳がまともだった頃に戻ると本気で思っているんですか?」
「……ははは、何の話かな」
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