ACDance
【通電ラプンツェル】(ユイの話)
「こんにちは。いいや、こんばんはって言ったほうが良い時間か? まあいい。お初御目にかかります、王女様」
ひとつに結われた星の髪色。透明な眼鏡を透かして見上げる金の目。新しい医者と名乗る彼は跪いてこうべを垂れた。
窓の外は星の海。
空高くそびえたつ摩天楼、上層階に少女は独り。薄水色の銀髪をふたつのお下げに結ぶ、少女は名をユイという。
「あなたが父の言っていた新しいお医者さまなの」
「そうだ。正確に言うなら医者ではないんだがな。専門は遺伝子操作だ。生きてる体はどうも勝手がわからないんでね。まあ、これからよろしくたのみますよ、お嬢様」
白衣の科学者は気障な仕草で手を取った。
「ユイと呼んで。あなたは? どこから来たの?」
「キアだ。空の向こう、星の合間からやってきた」
「素敵ね。私の病気、治ると思う?」
「わからんな。ただ、私では治せんとは思う」
「正直なのね。好感が持てるわ」
「お褒めに預かり光栄なことで……」
◆◆◆
ユイはキアとすぐに仲良くなった。塔の上で孤独に過ごす毎日に、流星が舞い込んだ。ユイは喜んだ。それが自分の命を削ると知っていても、体が動く日はどんな時でもキアに会いに行った。病状が悪化し足が動かなくなったら、今度はキアを呼びつけた。
「死んじまうぜ。ユイ」
困ったように頬をかくキア。やわらかな光がさす窓辺で、ユイは只々微笑んでいる。
「いいの。生まれに不満はないけれど、そうね、キアさんと会えて良かったと思っているわ。ずっと一人ぼっちだったの。今は違う。あなたがいるわ。もうそれだけで、十分かなって思うのよ」
キアは言葉をなくした。眉を下げ、首を傾げ、口を開いた。
「……新しい体をやろう。どんな体が欲しい。肌の色から目の色から、なんだって言えばいい。多少の無茶も叶えてやろう、死にゆく友へのせめてもの手向けだ」
「これ以上は望まないから、そうね、丈夫な体にしてくれる? もう苦しみたくないの」
「ああ、望みどおりに」
キアによる新しい体を与えられ、ユイは結(ゆい)となった。多少の記憶を犠牲にして、深窓のご令嬢は何物にも害されぬ丈夫な肉体を手に入れた。
◆◆◆
「結。お前は、今、幸せか?」
生への執着をなくしていたユイと同じ顔の彼女はしかし、キアを見つめてあどけなく笑う。
「キアさんの話を聞くのは面白いですし、ここで過ごす毎日は楽しいです」
「そうか」
屈託なく笑う結には幽閉の姫君であったころの記憶はない。今の彼女は、伊織とマリとPと一緒に生まれた、キアの子供たちの一人でしかない。キアは彼女を手招きし椅子に座らせた。そして、彼女の青味がかった長い銀の髪に櫛を通し、三つ編みに結った。
◆◆◆
キアは子供たちを地下へやった。地下の探索の為と言ったが、それは嘘だ。
生まれたての王女様を地上の抗争から守るために亡命させたのだ。地下の水路へ送られたのは、王女と異国の姫君の娘、技術者の息子。同じ胎から生まれた同胞たる三人を、キアは生かそうとした。
三人は地下へ行き、一人、同じ金の髪を持つマリが助手として残りキアの補佐をした。
地上は燃え、都心は融解した。魔女が災厄をもたらした。そういうことになっている。
夜明けの魔女の開けた穴を、戻ってきた王女は埋めた。黎明。魔女がもたらしたものは、まぎれもなく新時代の夜明けであったのだ。覇権を取り戻した彼女はもはや守られる王女ではない。君臨した女王、この国は、彼女のものとなった。
ラプンツェルの髪は伸びる。どこまでも、どこまでも。
そびえる塔の上、肉体の檻に幽閉された囚われの姫は、世界を統べる力を手に入れた。彼女の銀の髪はどこまでも伸び、世界を飲み込まんとするネットワーク。
ネットワークを介し、結は、生まれたての王女様は、『ユイ』を取り戻した。
己の願いを聞き届けた流星の望みをかなえるため、彼女は電波塔と化した摩天楼の中で今日もまた星の海を眺めている。
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