三人日より
「春は毎年変わらないな」
秋真が唐突に呟いたので、傍にいた夏美が反応した。
「当たり前でしょ」
生暖かい風が吹く。
木々を揺らし、桜の花びらを散らす。
花粉が舞い、目をこする。
「秋真は相変わらずね」
冬香が言ったのは、ひとつもボタンのついていない秋真が着ている学生服のこと。
「ダメだ、出る」
そう言った途端、秋真が顔を押さえて大きくくしゃみをした。
「ちょっと、こっちまで飛んでるって」
夏美が怪訝そうに言うと、秋真が悪びれる素振りもなく小さく謝る。
「ねえ、秋真。第二ボタン私にくれるって約束は?」
冬香の言葉に、秋真は鼻を鳴らしポケットからボタンを取り出した。
「ほらよ」
「あ、ありがとう。とっておいてくれたの?」
「まあな。ほら、夏美にもやるよ」
「えっ、……いらないし」
冷たい言葉を残すが、夏美もボタンを受け取る。
中学最後の日。秋真と冬香と夏美は、校舎の裏にある桜の木に寄りかかりながら、思い出の時間を過ごしていた。
この桜の木の下で出会い、約束を交わした。
「これって第何ボタンなの?」
夏美の問いに秋真は目を反らし答える。
「第……三かな」
「それって本当?」
冬香が疑うのも無理もない。秋真がこの場所に姿を現した時には既に、その学生服はから白いシャツが大きく見えていた。冬香がもらったボタンでさえ、本当に第二ボタンという保証はなかった。
「それって、そんなに重要? 何番目のボタンだってよくないか?」
それを言ったらダメでしょう。
女の子は、形よりもその意味に価値を見出すもの。特に彼女らはそうであった。
この校舎裏の桜は、狂い咲きの桜。日中は校舎の陰に隠れ日が当たらない。日が傾き、赤く染まる頃に輝く。
数年後、またこの場所で会おう。
いつとは言わない。それぞれが日の目を見て、輝く日まで。
それが約束。
「ねえ、いつも思うんだけど」
と、冬香が口を開くと他の二人も耳を傾ける。
「春って来るの遅いと思わない?」
「確かにそうね、遅い。いつまでこの寒さに耐えればいいのって感じ」
夏美は自らの身体をさすりながら言う。
すると秋真はハハッと笑いながら言葉を返す。
「仕方ないだろう。春は春だ。あいつは変わらない。俺はそんなあいつが大好きだ」
「変なの」
夏美の冷たい言葉にも、秋真は慣れていて全く気にしない。しかし、その言葉に冬香は少し頬を膨らませている。
約束が果たされることはない。でも、約束を破るつもりもない。
桜の花びらは散りゆけど、生きていれば再び花を咲かせるはず。
「へっくしゅん!」
「お、噂をすれば」
「遅いよ、春。いつまで待たせんの」
「あれ、春も花粉症?」
次々に声をかけてくれる三人。
ぼくはただ、微笑み返すので精一杯。本当は謝らなければいけないのに。
ただ、謝ったところで彼らは何も気にせず、笑顔で許してくれるだろう。そんな三人だ。
「ほら、春にも俺のボタンやるよ。残り全部だ」
「え、なに、冬香以外からは誰にも欲しいって言われてないってこと?」
「うるせえ。欲しいって言われても断ってたんだ。先客がいるって」
「……それなら私が全部欲しかったんだけど」
無造作に投げ渡されたボタンは宙で舞い、ばらばらなって足下に落ちた。
ぼくはそれをひとつひとつ拾った。
拾い終えると、三人の姿はいなくなっていた。
「ごめん」と思わず言葉が漏れる。
それと同時に背中から冷たい風が吹いてきた。狂い咲きの桜の花びらを散らす。
風に舞う花びらは美しい。でも、地面に落ちた花びらの行方を気にする人はどれ程いるのだろうか。
だからぼくは約束する。
この桃色の花びらを集めて、枯れる前に再び花を咲かせると。
春は毎年変わらないと、信じてくれる三人のためにも。
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