スリラー

無常風

 僕が小学三年生のころの話。


 僕が通う塾から自宅まで自転車で帰る道の途中に、歩行者しか通り抜けられないほどの小さな踏切があった。警報器や遮断機のないその踏切には、バイクなどが入らないように両側の出入り口にポールが立っている。自転車は降りれば通れる道だったので、僕は毎日のように利用していた。


 その日もいつものように夕暮れ空の下、自転車でその踏切まで来た時にタイミング悪く自転車のチェーンが外れてしまった。僕は自転車を道の端に止めてチェーンを直していると、ふと踏切の向こう側に誰かがいる気配を感じた。見ると、自分よりも小さな背丈の女の子が立っているのが見えた。


 ランドセルを背負い、こちらをじっと見つめている。踏切を渡るのが怖いのだろうか。僕は手を止めて電車が来ていないか確認する。まだ、電車がやってくる気配はない。後から来る友達でも待っているのかも知れないと思い、僕は再び自転車に注目した。


 すると遠くから電車の警笛が聞こえてきた。この警笛が聞こえてくると数秒後には電車がこの踏切を通過する。今チェーンが直ってもすぐには渡れない。しばらく電車が通過するのを待たなければいけないなと思っていると、女の子の声で「ママー!」という叫び声が耳に入ってきた。


 僕は顔を上げた。


 それと同時に目の前を、大きな鉄の塊が突風とともに通過する。


 女の子の声はその突風にかき消され、今は烈しい車輪の音すら聞こえない。


 電車が通り過ぎた後、踏切の向こう側には誰もいなくなっていた。背中を刺すような悪寒に襲われた僕は、チェーンが外れたままの自転車を押して、走って踏切を渡りその場から立ち去った。



 翌日の朝会で、校長先生の口から昨日の踏切事故により、一人の児童が亡くなったと告げられた。亡くなったのは小学三年生の男子児童らしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る