鬼の居ぬ間に

 かの有名な鬼ヶ島。実はその島には、みずみずしい果実や透き通るよな川が流れているオアシスが存在するという噂がありました。その噂を信じたとある老夫婦が、いつか訪れたいとその機会を虎視眈々と窺っていました。


 するとある日、鬼ヶ島に住む鬼たちが長期間の旅に出かけていきました。老夫婦はついにきたかとこの機会に早速身支度を調え、鬼ヶ島に向かいます。

 普段、鬼ヶ島に人が入ることはほとんどありません。そのため、この老夫婦が初めて足を踏み入れることになります。

 誰もいない鬼ヶ島に辿り着いてからしばらく歩くと、ようやく噂のオアシスが見えてきました。すると、おじいさんは用意してきた籠に美味しそうな熟れた果実を、おばあさんは持ってきた桶や瓢箪に透き通った川の水を汲み取ります。

 二人が十分過ぎるほどの収穫を得た頃、二人以外誰もいないはずの島にドスドス足音が聞こえてきました。人のものではないことはすぐにわかります。見ると若い鬼が一人で島に戻ってきていました。


「あ~、やっぱりオヤジたちと旅なんかするより、この島でひとりでのんびりするほうが気が楽でいいや」


 どうやらこの鬼は、一人旅を抜け出して一足先早く帰ってきたようです。

 老夫婦は急いで岩陰に身を隠し、島から逃げ出す隙を窺います。しかしその鬼はちょうど出入り口付近に腰を下ろし、ちっとも動こうとしませんでした。あの場所が彼の定位置なのでしょうか。


「どうしたのもかね、ばあさんや」

「う~ん、そうやね。やつが鼻提灯でも見せてくれさえすりゃ、その横を忍び足で抜けられるんじゃが」


 老夫婦は、大きな岩に寄りかかりながらくつろいでいる鬼が寝てしまうのを期待して息を潜めて待つことにしました。じっとして待っていると、次第にウトウトし出した鬼は、老夫婦の思惑通りいびきをかいて居眠りを始めました。


「今じゃ!」


 おばあさんのかけ声とともに老夫婦は岩陰から飛び出し、鬼の横を通り過ぎます。


その時「あっ」と声を上げたおばあさん。おじいさんが驚いて振り返ると、おばあさんが小さな石ころに躓いて、抱えていた川の水をひっくり返してしまいました。その音に、当然鬼は目を覚ましてしまいます。咄嗟におじいさんは、持っていた果実を鬼に向かって投げつけました。


「鬼は外ぉー!」


 なぜおじいさんがそう叫んだのかはわかりません。しかし果実はゆっくりと弧を描いて寝ぼけ眼の鬼の腰元にみごとに命中しました。すると鬼は怒るわけでもなく、汚れたパンツを見て独り言のように言いました。


「あーあ、服が汚れちまった。洗濯しなきゃなあ」


 鬼はそのまま腰を抜かしている老夫婦には目もくれず川の方へと向かって歩いて行き、間一髪のところで老夫婦は助かりましたとさ。

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