雨雲と満月

 太陽が沈んだとある夜空に、それはそれは大きな雨雲がやってきました。

 雨雲は今まさにその身体に溜めた雨水を降らせようとしています。そこに上から見ていた満月が声をかけました。


「ちょっといいですか、雨雲さん」

「なんだ満月。俺は忙しいんだ」

「貴方は雨を降らし、人間を濡らすけれど、それは良いことなのですか?」

「良いこと? そりゃ俺の雨がなけりゃ、人は生きていけないだろ」

「でも、貴方の雨は人を危険な目遭わせたりはしませんか?」

「まあ、確かにな。土を削り川を氾濫させることもある。だが、それ以上に人間を救ってもいる。人間は水がなきゃ生きていけないからな。ただ、それが良いことなのかは、俺に判断はできねえな。それよりもあんたは、人間に対して何かもたらしているとでもいうのか?」

「わたしですか。そうですね、特に何も」


 そう言葉を漏らす満月は、すました顔で堂々としています。その態度に疑問を抱いた雨雲は、問い質しました。


「あんたは人間に対して何もしていない。ならなぜ存在している」

「それは難しい質問ですね。それならちょっと勝負でもしませんか?」

「勝負だと?」

「ええ、あそこにいる人間にしましょう。あの人間をわたしたちの方に振り向かせたほうが勝ちというものです」

「振り向かすだと?」

「はい。方法はどんなものでも構いません。人間が空を見れば。貴方からどうぞ、雨雲さん」


 その言葉に雨雲はふんと鼻を鳴らし、簡単だと言わんばかりに身体に溜まった雨粒を人間めがけて降らせました。しかし、その人間は空を仰ぎ見るなく手に持っていた傘を差してしまいました。


「残念ですね。では、次はわたしの番ですので、雨を止めてもらえますか?」


 雨雲は仕方なく雨を止めると、人間の上から移動します。すると輝かしい満月の月明かりが、人間を包み込むように降り注ぎました。

 人間は傘を閉じて空を仰ぎます。そしてなぜかその瞳を潤わせ、ついには涙を流したのです。

 それに驚いた雨雲は言います。


「ど、どうしてあの人間はあんたを見ただけで涙を流したんだ?」


 満月は自慢げに答えます。


「さあ、それはわかりません。ですが、あの人間はいつもわたしを見ては涙を流すのです」

「満月を見てはいけないと言われているのは女だろう。あの人間は男だ。満月を見て狼に変身するわけでもないのに、なぜだ」

涙脆なみだもろいのかもしれません。でも、よく見てください。あの人間、女性のようにも見えませんか」

「ん? そうか? 俺には男に見えるが」


 それから雨雲と満月は、涙を流す人間をしばらく観察します。しかし、一度疑いを持ってしまってからはもう、その人間の姿は朧気おぼろげにしか見えなくなってしまいました。

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