独り法師な彼

 彼はとても愛情深い人だった。

 女性にはもちろん、家族や友人、動物にさえ最大限の愛情を注ぐ。

 いつだったか、私は彼に聞いたことがある。


「もしかして、あなたはさみしがり屋なの?」


 意地悪な質問だったかもしれない。端から見ていると、彼は常に誰かと一緒にいる。家族、友人、恋人、愛犬。独りでいる姿を見たことがなかった。

 しかし、彼は全くうろたえることもなく答えた。


「いいや、そんなことはないよ。むしろ僕は孤独を愛している。静かな空間に浸っている時は、自分の鼓動しか聞こえない。生きていることを実感できる」

「それじゃ、普段は無理してるの?」

「それも違う。人は大好きだ。誰かを幸せにすることは、僕の生き甲斐でもある」

「それって、矛盾してない?」

「そんなことはない。愛するものの対象は、この世の万物に及ぶことを許してくれる」


 そう語る彼は、とても生き生きとしていた。

 当時の私にとって、彼の発言は理解に苦しむものだった。


 そして、私は久しぶりに彼に会うことになった。

 彼と会うのは一年ぶり。別れてからは、連絡も取っていなかったのだが、突然相談があると言われ、しぶしぶ承諾したのだ。

 彼のアパートまで出向き、チャイムを鳴らす。応答はない。ドアノブを引くと、力なく扉は開いた。玄関には大きな姿見。よく見ると奥へと続く廊下の壁には至る所に大きさの違う鏡は飾られていた。

 異様な光景に、しばらく立ちすくむ。すると、廊下の突き当たりにある扉の向こうから物音がした。恐る恐る部屋の奥へと進む。ゆっくりと扉を開けると、薄暗い部屋の中で、彼は鎮座していた。その部屋の中にも無数の鏡が置かれていた。彼はそのひとつをじっと眺めている。声をかけようとしたが、私は鏡に映る彼の生き生きとした表情を見て言葉を失った。


 ふいに彼が私の方に振り向く。そして言った。


「愛すべきものは、こんなにも近くにいたんだよ」


 彼は哀しいほどに孤独に溺れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る