赤い糸の結び方

 県内某所にある人里離れた林の中に、縁結びで最近話題となっている神社へと私たちは訪れた。


「ほら、着いたよ」


 愛佳の言葉に、私は顔を上げた。何十段もあった石段の頂上には、閑古鳥が鳴いているようなほどに煤だらけの神社が佇んでいた。


「本当にここなの?」


 私の問いを、あらかじめ予想していたのだろう。愛佳は、手を合わせて言った。


「ごめん、話題って言うのは嘘なんだ。ここは穴場という穴場。まだ有名にはなっていないけど通にとっては、知る人ぞ知るパワースポットなの。話題ってワードがないと、由実ゆみは着いてきてくれないと思ったから」


 小さくため息をついた私は、境内の奥へと歩みを進める。人気のない神社。遠くのほうでカラスが鳴く声が聞こえる。本殿の近くまで来ると、その横に絵馬舎を見つけた。ただ、そのほとんどが劣化が酷く、裏返して絵馬に書かれている文字を覗こうとした時、急に背後から声がした。


「絵馬をお求めですか?」


 私は思わずお化けでも見たかのように驚いて振り向いた。そこに立っていたのは、袴姿の紳士。どうやら、ここの神社の神主のようだ。私たち以外に人がいることにも驚いたが、まさか神主がいるとは想像もしていなかった。


「あ、あの、私欲しいです!」


 真っ先に声を上げたのは愛佳だった。


「それでは、こちらへ」


 神主と一緒に社務所の様な小屋に連れていかれる愛佳。その後ろ姿を見送った私は、改めて本殿を眺める。しばらくすると、急に背後の気配に気づいて私は振り帰った。そこには不気味な微笑みを浮かべている神主が立っていた。


「あなたは良いのですか?」


「あ、私は大丈夫です」


「そうですか。それでもここへ来たのですから、あなたもお相手とのご縁を結びをお望みなのではないのですか?」


 その言葉に、私はどう応えるべきか悩んだ。

 確かに、今の私に思いを寄せる相手はいない。だからこそ、愛佳に連れてこられたのではあるけれど、愛佳ほど相手がいないことに執着していない。執着しているのであれば、私も絵馬を買いに愛佳と一緒について行っていたと思う。それを神主だって察してくれているはず。あえて確認してきたのは、ちょっとしたこの神主の気遣いなのだろうか。

 そんな私は、曖昧な返事をするしかできなかった。


「どうなんですかね。彼女の付き添いみたいなものなので……」


 すると、神主は袖口から一本の赤い糸を取りだした。


「お嬢さんは、を知っていますか?」


 神主の言葉の意味を、はっきりと理解することができなかった私は首を横に振った。そのまま神主は言葉を続ける。


「古くは中国の故事から派生した話でもありますが、私が教えるのはもっと簡単で、誰もができる方法です」


 すると、神主は自分自身の小指に取りだした赤い糸の端を結びつけ、もう片方を私の小指に結びつけた。


「こうしてあなたが思いを寄せるお相手と小指通しを結んで、そして――」


 その刹那、神主は取りだした小さなナイフで繋がった糸を切った。一瞬だけ小指に走った小さな痛み。ただ神主が持つナイフの淡い光に怯え、私は声すら出なかった。


「驚かしてすみません。でも、この後が大切なんです。この切れた糸を結び直す。こうすることで、繋がっていた時よりも強く互いの糸が結ばれる。これがこの神社に伝わる赤い糸の結び方です。あなたも実際に、試してみてください」


「試してください」と言われても、私に試す相手がいない。


「ごめんごめん、待った?」


 小走りで、絵馬を持った愛佳が現れた。


「ちょっと考えてたら時間かかっちゃった」


 愛佳が絵馬を絵馬舎につけ終えると、いつの間にか私たちに向かって神主が合掌をしていたので、私たちは軽くお辞儀をした。


「この度は遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。お二人ともに運命のお相手とのご縁を求めているからこそ、今ここにいらっしゃるのですよね。そんなお二人にひとつ大切なことをお話しさせてください」


「大切なこと?」


「はい。誰もが運命のお相手と赤い糸で結ばれているものというお話をご存じですよね。ただ、本当は違います。。自分たちで捜し、運命のお相手とのご縁の糸を結ぶこと。それが大切なのです。お二人なら大丈夫。きっと神の思し召しがあることでしょう。それに、そちらのお嬢さん」


 神主は私の方を指さして続ける。


「先程教えた赤い糸の結び方は、ほんの一例です。赤い糸も糸ですから切れてしまうこともあるでしょう。ですが、そこでもう一度結ぶこと。結ぼうとすることを恐れてはいけません。運命のお相手は決して限られた存在ではないことを胸に刻んで過ごしてください」


 私は改めて、自分の小指に目をやると、先程まであったはずの赤い糸が消えてなくなっていた。自分で外した覚えはない。気づかないうちに神主が外したのだろうか。すると、愛佳が私の耳元で囁くように訊いてきた。


「ねえ、何の話?」


「そうね、愛佳が絵馬に何て書いたのか、教えてくれたら教えてあげる」


「えー、ずるいよ由実」


「私に本当のこと黙ってた仕返しだよ」


 私の悪戯心は、私たちのまだ見ぬ赤い糸を強く結ぶことができているのだろうか。

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