似非な粋が枕籍する夢枕

 公園を二人で散歩をしているときに、普段は無口な彼が唐突に口を開いた。


「あの花の名前は、日本水仙だね」


「急にどうしたの?」と喉元まで出かかったのだが、彼の不自然な遠い眼差しに、その言葉を飲み込んだ。


「水の仙人だから水仙。ふふっ、なんか笑っちゃうよね。花に仙人って名前つけるなんて」


 どこがおもしろいのか、私はすぐに理解できなかったので、首を傾げて反応する。しかし彼は私の方に一瞥もくれずに話し続ける。


「由来については色々と逸話があるみたいだけど、だからって仙人じゃなくてもね。それに日本水仙の球根は有毒なんだよ。神経を麻痺させちゃうんだ。それに日本水仙の花言葉は『うぬぼれ』。誰がどうしてそんな花言葉をつけたんだろう」


「ねえ、どうしたの?」


 我慢ができなくなった私はそこで問い詰める。


「え、ああごめん。これ、全部請け売りなんだ。それにまだもう少し続きがあるから」


 彼はそう言うと、その水辺に生える日本水仙の近くまで歩みを進め膝を曲げた。


「なんか、かわいそうだなって思うんだ。人間に勝手に名前とか意味をつけられて。この世に或る全てのものには意味があるけど、それは意味のないものに人が意味をつけたがるからなんだよ。人は昔から、意味のないものに対して不思議とおそれを感じるんだ。だから未確認生命体とかっていうのは、その対象として祭り上げられることが多いのかも知れない」


 そこまで言うと、彼は立ち上がり私の方に向き直ると、徐に鞄の中から一冊の本を取り出した。


「これの中に書いてあった」


「それって小説?」


「うん。いつもこれを枕元に置いてるんだ。大好きな本だから」


 すると彼は再び鞄の中を探り始め、そこから小さな四角い箱を取りだして言った。


「僕らの関係にも、そろそろちゃんとしたをつけようかなってね」


 彼は提唱者にでもなりたいのだろうか。私は彼が持っている四角い箱の中身を確認することはなかった。

 ううん。

 正しく言うなら、確認する必要がなかったのだ。


 なぜなら、私たちの関係はもう十分夢を見てきたのだから。そろそろ目覚めなければね。

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