酔いどれヒグマと少年
とあるサーカス団の一員に、少し変わった芸をするヒグマがいました。
そのヒグマの芸というのが、お酒を飲みながらボールに乗ってステージを回ると言うのです。ヒグマの人気は高く、劇団のエースでもありました。
そんなあるショーの後、ヒグマが寝床としている檻の中で、いつものように一升瓶を抱えながらくつろいでいると、一人の少年が迷い込んできました。
「あ、クマだ」
「ん? なんだお前。勝手には行ってきちゃダメだろう」
「寝る時もお酒飲んでるの?」
ヒグマの話を聞いていないのか、少年は訊いてきます。
「ああ、オレにとって酒は水みたいなもんだからな」
「お酒おいしい?」
「さあな」
その曖昧な返答に、少年は納得がいきません。
「わからないのに飲んでるの? じゃ、ショーの時に飲むのは何で?」
「ショーの時に飲んでいるのは団長の指示でもある。元々はオレは玉乗りなんて朝飯前だった。そんなある日、オレは水と間違えて酒を飲んでからショーに出た。初めてだったんでな、結構酔っ払っていた。それでも難なく乗りこなした。その姿がおかしかったんだろうな。観客にも好評で、団長はそれからも酔っ払った状態でショーに出るように言われたんだよ」
そう言うと、ヒグマは抱えていた一升瓶を口に運び、ごくごくと喉を鳴らしました。
「酔っ払うってどんな感じ?」
少年の素朴な疑問に、ヒグマは少し置いてから答えます。
「そうだな。夢見ている感じかな」
「ゆめ?」
「夢と言っても、寝ている時に見る夢のほうだ。自分で好きなように世界を作れる。自由の世界さ。ただ、たまに怖いものも見るがな」
「それじゃ、クマさんは夢を見るためにお酒を飲んでいるの?」
「最初はそうだったが、今は逆かな。夢を見せることをしている。お酒を飲むことが仕事の一部になると、好きだったものもそうでなくなってしまう。
ヒグマはそう言うと、空になった一升瓶を床に転がしました。すると丁度転がった一升瓶が、檻の外にいる少年の目の前まで転がっていきました。
少年はそれを何の躊躇いもなく拾い上げ、僅かに残っていた中身を自らの口の中に入れてしまいました。
「お、おい! お前にはまだ早いぞ」と慌ててヒグマは言いましたが、少年は頬を赤らめる訳でもなく、平然として言いました。
「ほんとうに、水みたいだね」
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