烏兎そうそう

 とある満月の夜。一匹のうさぎがせっせとお団子のお餅をついていました。

 するとそこに、颯爽と黒い羽根をばたつかせ三本の足を持ったからすが現れました。


「おいおい、また性懲りもなく団子を作ってるのか?」


 烏は高い木のこずえから兎を見下ろして言います。


「ええ、これは私の大切な使命なんです。やらなければいけない理由もあるんですから」


 烏はフンと鼻を鳴らして言い返します。


「まあ精々尽くすことだな。またオレ様に食べてもらえるようにな」


 兎が満月の夜に餅をつき、お団子を作るようになったのはだいぶ昔のこと。それからしばらくして、どこからか噂を嗅ぎつけたのか三本足の烏が姿を現し、せっかく兎が作ったお団子をくすねて行くようになっていました。

 動きの素早い烏です。兎が毎回対策を練るのですが、空を飛ぶ烏には手も足も出ませんでした。


 そして今回も、烏は意気揚々と現れました。


「よし、これで完成だわ」


 兎がお団子を作り終え一息つこうとしていると、それを見計らって烏がお団子目がけて飛び出しました。そしてあっさりとお団子を盗み取りました。


「どうだい。オレ様の速さは。お前も一歩も動けなかっただろ」


「……ええ、おはやいですわね」


 まるで何事もなかったかのように動じない兎を見た烏は、はてと首を傾げます。


「なんだよ。いつものように怒ったりしないのか?」


「怒るなんて、はしたない。それに構わないのですよ。あなたにお団子を差し上げるために作っていたのですから」


「はあ、お前何言ってるんだ。オレ様のために作っていただと。どうしてそんなお人好しなことができるんだ」


「そうですね。もちろん、初めてあなたにお団子を取られてしまった時は、まあ驚きと悲しみに包まれました。ですが、あなたがお団子を取った理由を知ってからは、お餅をつくのも楽しみになっていましたの」


 なぜか嬉しそうにそう話す兎を見て、烏はまさかと思い問い質した。


「もしかして俺が団子をくわえて飛んでいく後をつけていたのか?」


「ええ、あなたはとても遠くからでもとても目立ちますから、私の足でもついていけましたよ。……あなたの様子から、お子さんたちも元気に育っているようで安心しました」


 そう。泥棒烏は、自分の子どもたちのためにお団子を盗んでいたのでした。

 すると烏も普段の高飛車な態度をやめ、正直に話し出しました。


「最初はほんの出来心だった。息子たちの食料を探している時に、あんたがうまそうな団子を作っている所が見えて、盗み取った。持ち帰って息子たちに食わせてやると喜んでな、また食べたいって言い出すもんだから。毒を食らわば皿までって言うだろ。いまさら素直にあんたから頂くわけにもいかなかったんだ」


 兎は小さく頷いてから言います。


「そうでしょう。あなたの性格は知ってましたから。お子さんのためには悪事でも犯す。だから、お互い様です」


「お互い様?」


 烏は首を傾げます。


「毒を食らわば皿まで。実は私の作るお団子には微量の毒を入れていましたの」


「え……うそだろ」


「いいえ、本当です。毒をもって毒を制す、です」


 真っ青な表情の烏に対して、兎は最後に一言付け加えた。


「しかし、まだ草々な気もします。そうそうな」

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