虹色の羊の歩み

 広大で緑の生い茂る丘に、虹色の毛をした羊がいました。


 しかし、その虹色の羊の毛は、飼い主がどんなにアピールをしても気味悪がれ、その毛を欲しがる者はいませんでした。

 そして誰にも求められることなく長い月日が経ち、虹色の羊はいつしか群れについていくこともできないほどに老いてしまいました。


 それを見かねた飼い主が虹色の羊に対して言いました。


「お前はおれにとっては大切な羊だ。感謝している」


「何をおっしゃいますかご主人様。あなたは他の者とは違う私を見捨てずに育てて下さいました。感謝するのはこちらでございます」


 飼い主の想いを悟った虹色の羊は、ゆっくりとした足取りで丘を下っていきます。飼い主はその後を追いながら続けます。


「お前をこのまま歩かせたくはない。どうにかできないのか?」


「どうにかとおっしゃっいましても、老いた私には歩くことしかできません」


 飼い主は頭を抱えます。そしてしばらく思案してから、飼い主は言いました。


「何か、願いはないのか? できる限りのことはする」


 すると虹色の羊は、地面に生えていた草をむしりながら言います。


「願いですか。……そうですね、ではひとつだけ、お伺いしたいことがあります」


「私にか?」


「ええ、そうです。――私の毛の色は何色ですか?」


 その問いに、意表を突かれた飼い主は言葉を詰まらせた。それを見て虹色の羊は言いました。


「ご主人様。あまり深く考え込まないで下さい。私の毛は赤や青、緑など一色ではないことぐらい理解しております。つまり私のような他の色の交ざった毛は、光の無い黒い毛ではないのですか。色は重ねるごとに黒く滲んでいきますでしょう。ですから、私の最期は火葬でお願いしたいのです。炎に包まれ灰となるのが理想なのです」


 その言葉に、飼い主はすぐにかぶりを振ります。


「それは違う。確かに羊の毛は本来は白だ。だけどお前の毛はそれよりも白く輝いている。そうだろう。色を重ねると黒くなるのは人が作り出した色だからだ。でも自然が作り出した色は重ねるとより白くなる。それが太陽だ。だからお前の毛の色は虹色でも、ましてや黒でもない。より輝く白だ!」


 それを聞いて虹色の羊は照れくさそうに微笑み、何も語らずにその歩みを進めていきました。


 それから数日後、飼い主は自宅に大切に保管してあった虹色の毛で一枚の大きな毛布を作り、それで真っ白な羊をくるめてあげました。

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