桐箪笥

 真夜中の静寂を裂くような音で目が覚めた。

 気が付くと、目の前はまるで昼間のように明るかった。しかし、その光源は太陽ではない。赤く燃える炎であった。

 火種は二階建ての一軒家。もうすでに家全体を炎が包み込んでいる。赤い車から出てきた隊員たちが慌ただしく動き、放水を始めていた。


 野次馬の声が聞こえる。


――ここって空家でしょ。

――そうそう。放火かしら。

――いやだわ。まだ犯人が近くにいるかも。


 心臓を鋭利な棒でつつかれた。

 肺が熱くなり、呼吸が乱れる。

 あの家の中には桐箪笥きりだんすがある。

 重要なのはさらにその中。あの中には、決して燃えてはいけないものがある。桐箪笥に南京錠をかけて厳重に保管していた。誰にも見られてはいけない。


 数時間後。昼間のような明るさは消え、元通りの薄暗い夜になった。一軒家は灰色の骸骨のようになり、その前を白い車から出てきた警官が立っていた。

 本当の昼間になる前に、桐箪笥の中のものを回収しなければいけない。警官の目を盗み、敷地内へと入る。

 一階の奥の部屋があった場所、そこに桐箪笥がある。煤色すすいろと化した桐箪笥。正直、中身は本当に無事なのか疑ってしまうほど。灯りは付けられない。暗闇で目を凝らし、まだ熱を持った南京錠に触れる。


「そこで何してる!」


 光を嫌うのは、自分が闇の中にいる時だ。誰かがそんなことを言っていた。

 ただ、図らずとも手元を照らしてくれたおかげで、南京錠の鍵を開けることができた。


 足音が近づいてくるが、構うことはなかった。


 引き出しを開けると、その中身は無傷だった。それを手に取って眺めていると、傍で声がした。


「お前、それはなんだ?」


「これですか、これはです。僕の……なんてね」


 そう言った途端、北風に攫われ手中にあった紙切れが灰とともに宙を舞う。

 まだ太陽は見えていないはずなのに、空は真っ白だった。

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