第4幕 親友の表情は(1)
こん。
夜。公園でユカに衝撃の告白をしてしまったギンタは、彼女を家まで送り、そのまま帰宅した後……部屋でひとりのた打ち回っていた。
いったいユカはどんな返事をしてくれるのか。
告白したその場で断らなかったということは、少しは望みがあると考えていいのか。
それとも時間を置いて冷静になったら「やっぱり付き合うなんてありえない」という至極真っ当な結論に落ち着いてしまうのか。
今後の展開を考えると、悶々として一秒たりともじっとしていられないギンタだった。
こん。
「うん?」
物音が聞こえた気がして、部屋でのた打ち回っていたギンタは顔を上げる。
周囲を見回すが、部屋には物音を立てそうなものは見当たらない。
こん。
今度ははっきりと聞こえた。
迷わずギンタは音のした方角――道路に面した窓へと視線を向ける。
ギンタの部屋は二階なので、窓から道路を見下ろすような位置関係だ。誰かが窓に石でも投げてるのかと思い、ギンタはさしたる警戒心も抱かずにカーテンを開いた。
「にゃ」
「うわ!」
窓に張り付いている人影が「しゅぱっ」と片手を挙げて、ギンタは驚きのあまり尻餅をついてしまった。
驚くのも当然だろう。ベランダでもなんでもない二階の窓に、ネコミミ巨乳の美少女が張り付いて挨拶してきたら、誰だって尻餅ぐらいつくというものだ。
「鍵、鍵」
窓に張り付いている
ガラガラと音を立てて窓を開けると、ネコは靴を片手に部屋へと上がり込んできた。
「こんばんは~。おじゃましま~す」
「こ、こんばんは。えっと」
部屋に入るネコと入れ替わりに、窓から身を乗り出して外を眺めるギンタ。
窓の下には当然のごとく、はしごも何もかけられていない。
「どうやって窓に張り付いたの?」
「ネコジャンプで」
「ああ、そう。ジャンプで……」
たしかにケットシーの跳躍力を持ってすれば、二階の窓から部屋に上がり込むなど造作も無いことかもしれない。
「そ、それで、今日はどうしたの? 何か僕に用事?」
「んー」
曖昧に返事しながら、ネコはもぞもぞとベッドへ移動する。
そのままネコはシーツの上に座り込むと、ギンタを見て「にっこり」と微笑み、おもむろに上着を脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっとネコちゃん! 何やってんの!」
慌ててベッドに駆け寄り、ネコの腕をつかんで脱衣を阻止するギンタ。
服を脱ぐのを邪魔されて、ネコは潤んだ瞳をギンタへと向けた。
「……私って、魅力ないのかな?」
甘い匂いがギンタの鼻腔をくすぐる。
この香りはかつてネコの部屋で嗅いだものだと、ギンタは即座に思い出す。
かつてギンタの理性を崩壊させた芳香は、しかし今はギンタの警戒心を掻き立てる方向に作用した。
「私、ギンタさんが好きだよ。ギンタさんは私のこと嫌い?」
「嫌いとかそういうことじゃなくてさ。とにかく服を着て、落ち着いて話し合おうよ」
ネコの肩を押さえて、まずは相手を落ち着かせようと努めるギンタ。
そんなギンタの手を振りほどくと、ネコは火照った体を彼の胸に押し付けた。抱きつかれる格好になり、バランスを崩したギンタは背中から倒れてしまう。
――傍目から見ると、ネコがギンタを押し倒しているとしか思えない構図。
「ギンタさん……」
甘い香りを漂わせながら、ネコがゆっくりと顔を近づけてくる。
童顔で、巨乳で、ネコミミで、まるでアニメの世界から飛び出して来たような美少女が、ギンタに馬乗りになってキス――あるいはそれ以上のことを迫っている。
……僕はどうしてこんなに頑なに拒絶してるんだろう。
「このまま流されてもいいや」とか「据え膳食わぬは男の恥」とか、そんなことを思い始めたギンタは、近づいてくるネコの唇を見つめて……。
「ごめん」
それでもネコの肩に手をかけて、彼女の接近を押し留めた。
曖昧に誤魔化しちゃいけない。
ネコちゃんが好きだから……だからこそ、はっきりと伝えなくちゃいけない。
「僕、ユカのことが好きなんだ」
馬乗りになっているネコの体から、ふっと力が抜けた。
「だから、ネコちゃんの気持ちは嬉しいけど――」
言い終わるより早く、ネコがぼろぼろと涙を流し始める。
ギンタに馬乗りになったまま、桜色の唇を噛み締めて短い嗚咽を繰り返す。
「キライ」
その言葉は誰に言ったものなのか。
両手で顔を覆い、ギンタの体から離れたネコは、そのまま靴を掴んで窓枠に足をかけた。
あ。と声をあげる間もなく、窓の外へ飛び出すネコ。
すぐさまギンタは窓へと駆け寄るが、時すでに遅し。窓から身を乗り出したギンタが見たのは、ご近所の屋根を身軽に飛び回り、月夜に消えていく少女の後姿だった。
「ケットシーってすげえ……」
場違いな感想を漏らしつつ、ギンタは闇に消える影を見送る。
直後、
机に置いてあった携帯が激しく振動を始めた。
窓の外に未練を残しながら、ギンタは部屋へと戻り、騒がしく自己主張する携帯電話を手に取る。
『ギンタ! そっちにネコ行ってないか!』
電話はユカからだった。
あまりの大声に思わず受話器から耳を離しながら、ギンタはすぐさま答える。
「ネコちゃんならさっきまで部屋にいたよ。すぐに出て行ったけど」
『どこ行った!』
「さあ」
『使えない男だな!』
えらい言われ様だ。
『とにかくギンタもネコを探すの手伝え!』
「……ネコちゃんに何かあったの?」
ユカの声から尋常ではない気迫を感じたギンタは、真剣な声で問い返す。
だが、心配するギンタの質問にもユカは曖昧に言葉を濁すばかりだった。
「とにかく今のネコはヤバいんだ! 無闇に外を出歩かせちゃいけないんだよ!」
「意味わかんないよ。ちゃんと理由を説明してよ」
「この――」
何やら言い返そうとしたユカだが、このまま口論していても埒があかないと悟ったらしい。
彼女はひとつため息をつくと、気の抜けた声でぽつりとつぶやいた。
「……発情期なんだよ」
「は?」
「だから! ネコは今、発情期に入ってるんだよ! 今のあいつはフェロモンの塊なんだ! だから無闇に出歩いちゃいけないんだよ!」
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