幕間劇 ユカの場合

 オレの特技は、誰とでもすぐに友達になれること。

 だからオレには友人が多い。

 男女を問わず、誰もがオレには気軽に話しかけてくる。

 先輩後輩を問わず、誰もがオレに親しみを抱いてくれる。

 オレの特技は、誰とでもすぐに友達になれること。


 だから、オレには親友と呼べる存在がいない。




「ちょっとユカ。場がシラけるでしょ。もっと楽しそうにしてよね」

 カラオケボックスで黙々とウーロン茶を飲んでいたオレは、同級生の女子から厳重注意を受けて曖昧に頷いた。

 一応愛想笑いを浮かべてはいるが、心持ち頬が引きつっているように感じられたのはたぶん気のせいじゃないだろう。


 高校に入学して三ヶ月目。

 オレは同級生に誘われるまま、カラオケボックスに来ていた。

 とは言うものの、正直オレはカラオケが苦手だ。

 大音響で歌い騒ぐよりも、顔を突き合わせてくだらないお喋りをしている方がよっぽど自分の性にあっていると思う。

 それでも人付き合いのいいオレは、友達の誘いを拒絶する事も出来ず、表向きは意気揚々とカラオケ店に来たのだが……。


「聞いてねえよ……」

 小声で愚痴りながら、オレはちらりと正面を覗き見る。

 そこには流行りのバンドの曲を熱唱している、同年代の男子の姿があった。

 友人曰く、

「女子高って出会いが少ないじゃない? だから気をきかせて他校の男子とセッティングしてあげたのよ。感謝してよね」

 ……ようするに、オレは合コンの人数合わせに呼ばれたのだった。

 オレを含めて女子は五人。対する男子は四人。って、人数あってねえじゃねえか。

 ばっちりメイクまでしてきた友人たちに比べて、オシャレでも美人でもなく男に媚びを売る気の欠片もないオレが、一人あぶれる格好となるのはごくごく自然な流れだった。

 だからオレはせいぜいみんなの邪魔にならないよう、黙々と飲食にふけっていたのだが……どうやら一人で殻に閉じこもることすら許されないらしい。

「悪いけど帰るわ」

 誘ってくれた友人に、オレは小声でそう伝える。

 表情はあくまで申し訳なさそうに、内心では辟易した気分のままで。

「あら。ごめんね、気を使わせちゃって」

 あっさりと、友人はオレが帰ることを承諾した。

 このそっけない態度を見ても、彼女が義理でオレを誘ったことがよくわかる。

「でも、帰るなら一人で帰ってね」

「は? そりゃどういう意味だ?」

「ネコちゃんは置いていってね、って言ってるの」

 友人が奥の席を指差すと、そこには男子に囲まれて盛り上がっているネコミミ娘ケットシーな友人、岩下ネコの姿があった。

 さすがネコミミ。どうやらここでもケットシーは大人気らしい。

 ま、ネコの愛らしさはオレが一番よく知ってるから、ちやほやしたくなる気持ちもわからなくはないけどさ。

 ……と、そこまで考えて、オレは改めてこの合コンに参加するに至った経緯を思い出した。

 最初、友人たちはネコに対して「一緒に遊びに行かない?」と誘っていたのだ。

 ところが、いまだにオレ以外の地球人を警戒しているフシのあるネコは「ユカが一緒なら」という条件を提示した。そこでオレの都合を尋ねられて「いいよ、オレも付き合う」とその場で快諾したのだ。


 ようするに、彼女たちは最初からネコだけが目当てだったのだ。


 きっと男子を誘う口実に「ケットシーを連れて行くから」とかなんとか言ったに違いない。オレはまんまとネコを連れ出すダシに使われたってわけだ。

 コケにされた腹いせに、ネコを連れて帰ってやろうか。そんな意地悪心が湧き上がるが、

「ユカだってネコちゃんがこのままでいいとは思ってないんでしょ? ユカがそばにいるとネコちゃんはあんたにべったりなのよ。そんなだと、いつまで経っても地球の友達なんて出来るわけないじゃない」

 ……詭弁だとわかっていた。

 彼女はネコを連れて行かれたくなくて、屁理屈をこねているだけだとわかっていた。

 わかっていたのに、私は納得してしまった。

 彼女の言う通りだと。ネコはもっと地球人の友達を作るべきだと。いつまでもオレに頼ってばかりじゃ、ネコのためにならないと。

 だからオレは一人で、まるで逃げるように、カラオケボックスを後にした。




 オレの特技は誰とでもすぐに友達になれること。

 だけどほとんどが上辺だけの付き合いで、何もかも包み隠さず話せる相手となると果たして何人いることか。

 親友。そう呼べる存在に、オレは心のどこかで憧れていた。


 中学のときに一度だけ、それに近い友達が出来たことがあった。

 馬が合うというのはオレとあいつのためにある言葉だと思った。

 そんなあいつとも、中学を卒業した途端、ぱたりと連絡が途絶えてしまった。

 きっと高校で新しい友達を作って上手くやっているのだろう。そう思うと少し寂しくもあったが、しようがないとあきらめる気持ちも心のどこかにあった。


 夕暮れ時の繁華街を歩きながら、オレはため息混じりに空を見上げる。

 柄にもなくセンチな気分になったのは、太陽の周囲を回る惑星よろしく、いつもオレの周りをぐるぐる回っている陽気なネコミミ娘ケットシーがいないせいか。

 そういえば入学式の日に知り合って以来、どこへ行くにもネコと一緒だった気がする。

 勉強するときも、

 食事をするときも、

 運動するときも、

 放課後に道草するときも、

 いつだってネコがそばにいた。

 いつだってネコの笑顔がそこにあった。

「ひょっとして、また親友を作り損ねたのかなあ……」

 空を見上げたまま、長い長い息を吐き出す。

 今さら後悔したところでどうしようもない。

 オレはネコを置き去りにしてきたのだ。

 ここにネコは、いないのだ――


「ど――――ん!!」


「うわあ!」

 いきなり背後からタックルを受けて、オレはつんのめってしまった。

 何事かと腰にしがみつく物体を見れば、そこにいたのは、

「ひどいよ、ユカ。私を置いて帰っちゃうなんて、はくじょうもの~」

「ネコ!? ご、ごめん。でもネコはみんなと盛り上がってたみたいだから、邪魔しちゃ悪いと思って……」

 ネコが追いかけて来てくれたことが嬉しくて、でもその感情を表に出すのが恥ずかしくて、オレはわけもなく言い訳をしてしまう。

 そんなオレにネコは「ぷう」と頬を膨らませ、唇を尖らせて言い返した。

「私、ユカのことを邪魔だなんて思ったこと一度もないよ」

 ほっぺたに餌を詰め込むハムスターよろしく、ふっくらと頬を膨らませるネコ。

 その子供っぽい仕草がかわいすぎて、私はネコの頭を思い切り撫でまわしたくなる衝動を堪えるのに大変な労力を必要としてしまった。

「こんのー、かわいいこと言ってくれるじゃねえか、こんちくしょー!」

「うわわわ、撫でまわさないで、撫でまわさないで~」

 ……結局、いつも耐え切れなくなって撫で回すんだけどさ。




 これは後日聞いた話。

 オレがいなくなった後、男子の一人がオレの悪口を言ったらしい。

「あの男女が帰ってくれて良かったよ。空気読めってんだよな。そのくせ上っ面だけ話をあわせてさ、ありゃ絶対友達いねえよ」とまあ、そんな感じのことを口走ったとか。

 で、ネコはその場で男の頭にウーロン茶をかけて、顔面を蹴り飛ばして、

「私の親友の悪口を言うな!」

 と叫んでカラオケボックスを飛び出したとか。




 オレの特技は、誰とでもすぐに友達になれること。


 そんなオレの親友は――今、オレの隣で笑っている。

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