第3幕 どうして(4)
「生まれて初めて告白されてしまった……」
自室に戻るなりベッドに倒れ込んだユカは、火照った顔を枕に乗せて、ついさっき起きたばかりの初めての体験を思い出していた。
――告白。
正直なところ、異性から「好きだ」と言われれば悪い気はしない。
それどころか、自然と顔がニヤけてしまう。
枕に顔を埋め、じたばたと足を動かして無言で興奮を表現してしまう。
告白の相手――ギンタに帰り道を送ってもらったユカは、家に着いてからずっと、こんな調子でじたばたしていた。
いかんいかん、まずは落ち着かなくては。
そう思ってはみるものの、ベッドに横になって目を閉じれば、思い出すのは「好きだ!」と叫んでいるギンタの顔。バタバタと足を動かして、すぐに脱力。その繰り返し。
この無意味な無限ループから脱するべく、意を決したユカはベッドの上に跳ね起きた。
男らしく両手で自分の頬を叩く。
ぱしんと小気味の良い音がして、ユカはベッドの上であぐらをかき、愛用の枕を抱き締めながら、ヒリヒリ痛む頬を我慢しつつ考えた。
自分はなんと返事をするべきか。
自分は彼を――ギンタのことをどう思っているのか。
嫌いではない。それは間違いない。
だが異性として好きかと問われると、それはどうかと思ってしまう。
「オレとギンタが付き合うって、想像できないよなあ」
彼氏のギンタと彼女の自分。二人が手を繋ぎ指を絡めて歩くとか、腕を組んだまま肩にもたれかかって見つめ合うとか、そんな光景を思い浮かべるだけでサブイボが湧いてくる。
いちゃつくどころか、どちらかがラブラブな雰囲気を醸し出す姿にすら違和感を覚えて、ユカは悩ましげに枕と頭を抱えてしまう。
「友達でいる分には面白くていいやつなんだけど……」
うーんうーんと唸りながら、それでもユカは真剣にギンタのことを考えていた。
そうしてギンタと自分のことばかりを考えていたから、ユカは大切な事を忘れていることに気づけなかった。
携帯が鳴った。
びくん、とユカの背筋が驚きに伸びる。
まさかギンタか?
ドギマギしながら携帯を手に取ったユカは、表示されている着信名を見て、オーバーヒート気味の体温が急激に冷めていくのを実感した。
画面には「ネコ」と表示されていた。
今の今まで自分がどれほど浮かれていたか、ユカは痛いほどに自覚してしまう。
大切な親友を――ネコの存在をすっかり失念していた自分に、自己嫌悪さえ抱いてしまう。
どうしよう。ギンタから告白されたなんて、なんと言って説明すればいいのか。
苦悩するユカ。だかこのまま居留守を使うわけにもいかず、考えがまとまらないまま、ユカは携帯電話を耳に当てた。
「も、もしもし」
『ユカ? 私、ネコだけど』
「うん。どうした、こんな夜中に」
『ギンタさんとの話し合い、どうなったのかなって思って。ギンタさんは私のこと、なんて言ってた?』
「あー、それね。そのことね。えーと……」
動揺していたユカは、ネコの声がいつになく強張っていることに気づけなかった。
――気づけなかったから、咄嗟に嘘をついてしまった。
「それがさ、あいつ急用ができたとかで出かけちゃってて、結局会えなかったんだよ。ごめんな。次にギンタと会ったらちゃんと話すから」
意味のない嘘だとわかっていた。
単に面倒事を先延ばしにしているだけだと理解していた。
それでも、ユカはどうしても真実を伝えることができなかった。
ギンタはネコのことを何とも思っていないなんて。
ギンタが本当に好きなのはユカだったなんて。
『…………』
ユカの嘘に、ネコは何も答えようとしない。
長い長い沈黙に耐えかねて先に口を開いたのは、ユカの方だった。
「あのさ、ネコ? いろいろ考えたんだけど、やっぱりギンタはやめた方がいいんじゃないか?」
『……え?』
どうしてそんなことを言ってしまったのか自分でもわからない。
ただ、これを口にするのはネコを傷つけないためだと、このときのユカは本気で思っていた。
それは、真実を伝えられないユカの精一杯の思いやりだった。
「ほら、アイツって人はいいけど男としてはどうかと思うし。ネコも今はアレの最中だからたまたま近くにいたギンタをいいなって思っただけかもしれないし。こういうことはさ、もっと冷静になって、落ち着いて考えてからでも……」
『なんでそういうこと言うの』
受話器の向こうから、冷たい声が聞こえてきた。
表情豊かなネコしか知らないユカは、聞こえてきた平坦な声に背筋が寒くなる。
一瞬、電話の相手がネコではないような錯覚に陥ってしまう。
「なんでって、私は別に……」
懸命に言い訳しようとするユカ。
だが、ユカがなにか言うよりも早く、通話は一方的に切れてしまった。
ツーツーという電子音を聞きながら、枕を抱えたままのユカは、呆けた顔でつぶやいてしまう。
「ギンタはやめた方がいい」なんて。どうしてそんなことを言ってしまったのだろう。
どうして。
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