第3幕 どうして(3)

「迷惑をかけてしまって申し訳ありません。まだ夜道の一人歩きは怖くて……」

 そう言って表情を曇らせる美女異星人エンジェルルルナへ、バイト仲間でもある山岡は首を左右に振って「気にしてないから」と意思表示する。


 時刻は夜の九時過ぎ。

 喫茶店でのバイトを終えた二人は、仲睦まじく手を繋いで暗い夜道を歩いていた。

 現在進行形でストーカー被害にあっているルルナを家まで送るため、山岡がそばにいてあげている格好だ。

「ストーカーは怖いですし、この間のギンタさんのように罪もない人をストーカー呼ばわりしてもいけないので……。その点、山岡さんが一緒だと安心できますから」

 近道となる夜の公園を横切りながら、ルルナは黒縁眼鏡の友人をどれほど信頼しているか訴える。

 と、普段と変わらぬニコニコ笑顔で話を聞いていた山岡が、唐突に足を止めた。

「どうかしましたか?」

 ルルナに声をかけられた山岡が、薄闇の奥を指し示す。

 促されるまま公園の奥を覗き込んだルルナは、ベンチに座る一組のカップルを発見した。

 人気のない夜の公園で、ベンチに並んで腰掛けている年頃の男女。

 そんなありふれた光景に「山岡さんは何を言いたいのかしら」と首をかしげるルルナ。

 だが、間もなくカップルの正体に気づいて、ルルナは驚きに声をあげそうになった。

 ベンチに座ってもじもじと落ち着き無くうごめいているうら若き男女。それは紛れもなく、ルルナの友人――ギンタとユカだった。

「あら。こんばんは、ユカさん。こんなところでなにモゴモゴモゴ」

 場の空気を読めないルルナが平然と歩き出すのを見て、笑顔の山岡が大慌てで彼女の口を塞ぐ。鼻と口を塞がれたルルナは、じたばたともがきながら木陰に連れ込まれてしまった。

「い、いきなり何をするんですか!」

 解放されたルルナが開口一番に尋ねると、山岡は唇に人差し指を当てて「静かに」と意思表示した。

「どういうことですか。あの二人に声をかけてはいけない理由を説明してください」

 無口な友人へ、ヒソヒソ声で詰め寄るルルナ。

 山岡はベンチにいる二人を指差すと、自身の見解をルルナに伝えた。

「えっ?」

 山岡の声を久しぶりに聞いたルルナが、驚いてベンチを凝視する。

「言われてみれば、確かにそういう雰囲気にも見えますが……。でも、あの二人がまさか」

 ユカとギンタの二人は、互いを意識して感情を昂ぶらせている。

 それが山岡の見解だった。

「人気のない夜の公園で、人目を忍ぶように男女が密会しながら、互いの感情が昂ぶる関係なんて……。まさか二人がそんな関係だったなんて、これは驚愕の事実です」

 こくこく。隣で山岡が頷いている。

「そうですね。せっかくの逢瀬を邪魔してはいけません。お邪魔虫はさっさと退散しましょう」

 こくこく。気を利かせるルルナに、山岡も同意する。

 うわー。でもそんな、うわー。知りませんでした、うわー。ユカってそういうことに興味なさそうなのに、うわー。意外ですね、まいりましたね、うわー。

 よほど衝撃的だったのか、小声でうわーうわー言いつづけるルルナの後に続きながら、山岡はチラリとベンチを振り返る。

 見知った二人を眺めた山岡は、彼らの感情の昂ぶりを改めて認識して――しかし、同じ昂ぶりでもギンタからは「不安」、ユカからは「困惑」の色を感じ取って、不思議そうに小首をかしげてしまう。

「山岡さん、早く行きましょう。二人の蜜月を邪魔してはいけません」

 奇妙な雰囲気を気にかけながらも、結局山岡はルルナに手を引かれるまま夜の公園を後にした。




 とある小さな喫茶店の、ウェイトレスと常連客である女子三名――ルルナ、山岡、そしてネコは、全員が親元を離れての一人暮らしであり、ご近所同士でもあった。

 互いに行き来できるほど家が近い三人だから、この日も外でばったり出くわしたのは、起こるべくして起こったことだと言えるかもしれない。

「こんばんは、ネコさん。こんな夜遅くにお出かけですか?」

「あ、ルルナ」

 声をかけられて、ぼーっと歩道を歩いていたネコが緩慢な動きで顔を上げる。

 真っ先にルルナの目に飛び込んだのは、まるで泣き腫らしたような、ネコの充血した赤い瞳だった。

 ……だが、ルルナはあえてそのことには触れず、

「こんな遅い時間にどちらへ行かれるのですか?」

「うん……。まだ晩ご飯を食べなかったから、コンビニでお弁当でも買ってこようかと思って……。二人はバイトの帰り?」

 朦朧とした目つきで、ネコはルルナと山岡を眺める。

 見るからに覇気のないネコへ「何かあったのですか?」と尋ねたい衝動に駆られるルルナ。だが、いきなり核心を突くのもどうかと思い、まずは無難に話をあわせてネコをリラックスさせることにした。

「ええ、今はバイトの帰りです。そういえば私たちも夕食がまだでした。よかったら一緒にファミレスにでも行きませんか? なんだか今日はネコさんとお話がしたい気分なんです」

「いいけど……別に私は話すことなんてないよ?」

「それで結構です。まずはお食事をしてお腹いっぱいになりましょう。お腹がいっぱいになって幸せな気分になれは、自然と口も滑らかになりますよ。あ、そうそう、それより聞いてくださいな。ついさっき公園で見たんですが――」


 ルルナに悪意はなかった。

 ただ単に、元気のないネコのために明るい話題を振っただけのつもりだった。

 虚ろな目をしたネコの手を取って、ルルナは元気よく歩き出す。


「私、全然知りませんでした。ギンタさんとユカさんって実は付き合っていたんですね」


 ――つないでいた手を、ネコは振り払った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る