第3幕 どうして(1)

「どうしよう、ユカ。私、ギンタさんのことが好きみたい」

「は?」

 電話でネコの涙声を聞き、事情もよくわからないままギンタの家へ直行、問答無用で彼に鉄拳制裁を食らわせたのち、泣いている親友を慰めるべくマンションに駆けつけたユカを待っていたのは、ネコミミな相棒の衝撃的すぎる告白だった。

「ギンタさんに嫌われたって思うだけで涙が止まらないんだよ。これって私がギンタさんのことを好きってことだよね? でもどうしよう、私、ギンタさんに大変なことしちゃった。ギンタさんは私のこと軽蔑してるに違いないよ。やだよ、そんなのやだよ。どうしよう、ユカ。私どうしたらいい?」

「ごめん。よく状況が飲み込めないんだけど、順を追って説明してくれる?」

 ギンタを殴った感触がまだ拳に残っているユカが、額に冷や汗を浮かべながら尋ねる。

 泣きながら語るネコの話をまとめると、以下のようになった。


① 今日はいい天気だったので買い物に出かけた。るんるん。

② 途中で気分が悪くなって倒れた。ばったん。

③ ギンタに助けられて家まで送ってもらった。どっこいしょ。

④ ギンタを押し倒そうとした。うっふーん。

⑤ 逃げられた。すたこらさっさ。

⑥ にゃーん。


「……おい、ネコ。この間までギンタはトカゲと同類だって言ってたじゃねえか。いきなりどういう心境の変化だよ。って、まさか!」

 ユカの思いつきを肯定するように、ネコが神妙に「こくり」と頷く。「あちゃ~」と片手で頭を抱えてしまうユカ。

「で、でも、ギンタさんが好きっていう気持ちは本物だよ! たしかに『それ』がきっかけかもしれないけど、この感情は絶対に嘘じゃないから!」

 熱弁を振るうネコを見て、ユカはため息混じりに天を仰ぐ。一人暮らしのネコの部屋は、意外と天井が低かった。

「しっかし、よりにもよってギンタに色仕掛けとはな……。あいつ、こういうのに全然免疫なさそうだから。下手したらこれからずっと避けられるかもしれないな」

「えーっ! やだよ、そんなのやだよ、どうしよう、ねえどうしよう」

 涙目ですがりつかれて、ユカは口いっぱいに苦虫を頬張ったような渋い面構えを披露する。見た目通り恋愛経験ゼロなユカだから、色恋沙汰で頼られても対処法など思いつくはずもなかった。

 乗り気ではない親友を見て業を煮やしたのか、ネコはユカを押し倒しそうな勢いで迫ってきた。

「ねえねえ、ユカとギンタさんって仲いいよね? 今回のこと、ユカからギンタさんにそれとなく話してくれないかな。今すぐ」

「いますぐ!? い、いや、それはちょっと……」

 あからさまに目を逸らすユカ。ついさっき全力で当人を殴り飛ばした身としては、さっきの今で会わせる顔などあろうはずもない。

「ね! お願い! ユカだけが頼りなの!」

「そんなこと言われても……」

「ユカは私の友達だよね? 私のこと応援してくれるよね?」

「そりゃもちろん応援するけどさ……」

 しょんぼりとミミの垂れたネコに擦り寄られて、目を逸らしつづけるのも限界のユカだった。

「……わかったよ。オレから話してみる」

 しぶしぶと、ユカはポケットから携帯電話を取り出す。

 それでもさすがにためらいがあるのか。ボタンに指をかけたまましばし硬直していると、ネコが泣きそうな目で覗き込んできた。

「やっぱり、もうダメだと思う? 私、嫌われちゃったと思う? 今さら何を言ってもギンタさんは許してくれないと思う?」

「いや、そんなことはないと思うぞ。あいつはお人好しだから、この程度のことでネコを嫌いにはならないはずだ。むしろ――」

 顔を上げるユカ。目の前で、低身長で童顔でネコミミで巨乳でいつもは快活すぎるほど快活なのにときどき急に色っぽくなる女の子が涙目でこちらを見ている。

「――ネコはギンタの好みの、直球ど真ん中だと思う」

「ほんと?」

 嬉しさで瞳を輝かせるネコを見てユカはつくづく思ってしまう。

 こいつはなんてかわいいやつなんだろう。このかわいさは凶悪すぎる。

 せめてネコのかわいさの1パーセントでも自分にあれば。


 ……自分にあれば、なんだと言うのか。


 なんとなくギンタの顔を思い出し、自分でも意味がわからなくて首をひねってしまうユカ。

 改めて携帯電話と向き合えば、画面には○九○で始まる番号と、「ギンタ」というアドレス表示。

「……仕方ないか」

 誰に言い訳したのかわからないが、ともかく大きく息を吸い込むと、ユカは通話ボタンに親指を押し付けた。

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