幕間劇 ネコの場合
「そこのあなた! どこの部活に入るかもう決めたかしら?」
「ふにゃ?」
ぼんやりと桜の木を見上げていた私は、いきなり声をかけられて驚きにミミを逆立ててしまった。
空は青。
雲は白。
花びらは桜色。
よく晴れた本日は、絶好の入学式日和。
この良き日に、銀河の辺境にある地球という惑星の、大陸の外れに位置するニホンという島国の、首都からやや離れた地方にあるとある女子高へと入学した私――地球名「岩下ネコ」は、校舎を出るなり怪しげな勧誘に引っかかってしまった。
「まだ部活を決めてないなら、我がテニス部で共に青春の汗を流しましょう!」
「え……と……テニスって良く知らないので……」
「初心者熱烈歓迎! 熟練した
詰め寄る先輩の目が血走っているように見えて、私は無意識に腰が引けてしまう。
きっと先輩は勧誘に一生懸命なだけだと思うけど、地球初心者の私にいきなりこの仕打ちは少しばかり荷が重かった。
「あら? そのネコミミ……ひょっとしてあなたが噂の留学生? きゃー! かわいい!」
いきなり目をハートマークにした先輩が、無遠慮に私の頭を撫で回す。
にゃーっ! 執拗にネコミミをいじくりまわされて、先ほどとは違った意味で私は慌てふためいてしまった。
地球で生活を始めて約一週間。その間に学んだのは、
①「ネコミミかわいい!」と褒めまくり、隙あらば触ろうとする。
②有無を言わさず撫で回す。
③ものすごく興味津々な顔をしているくせに、我慢して何も言わない。
よくわからないけど、ネコミミというのは人間(特にニホン人)の好奇心をかきたてる物体らしい。見慣れている私には全然実感の湧かない話。
「このかわいさはもうテニス部に入るしかないね! あなたならみんな大歓迎よ!」
「あーっ! ちょっとテニス部、抜け駆けはずるいわよ!」
テニス部に捕まった私を発見して、わらわらと他の先輩勧誘員が集まってきた。
五、六人の先輩方が私を取り囲み、「是非テニス部へ!」「その脚力はバスケ部向き!」「美術部のモデルになって!」「漫研です! ネコミミ萌え!」等々叫びまくっている。
そんなこと一斉に言われても、自動翻訳機を首に巻いて間もない私はニホン語を理解するのも覚束なくて、ただただみじめにうろたえてしまう。
うう~。私はニホンの名物である桜の花を見たかっただけなのに。いったいどうしてこんな騒ぎに……。
もみくしゃにされながら、それでも私が通うのは女子高なので、まだマシだと言われたことを思い出す。
共学校に留学した
私はただ、異星の人と仲良くなりたかっただけ。
幼い頃から、銀河を股にかけた愛や友情に憧れていたから……だから、宇宙でも稀なほど生命に満ち溢れたこの星で、心から信じられる存在を探してみたかっただけ。
たった一人でいいから、違う星で「親友」と呼べる相手を見つけたかっただけ。
なのに。
「ちょっとテニス部! 手をはなしなさいよ!」
「そっちこそ、文化部がでしゃばるんじゃないわよ!」
テニス部と文化部(たしか本人はマンケンと言っていた)が私の腕を掴んで互いに引っ張り合っている。
あ、知ってる。これって「オオオカサバキ」って言うんだよね。私がイタイイタイって言って、先に手を離した方が勝ちなんだよね。
えへへ~、よく知ってるでしょ。地球での生活が楽しみで、ニホンの歴史についてしっかり勉強してきたんだからね。
呑気にそんなことを考えながら、前後左右に振り回される私は、これから先の留学生活を無事に生きているだろうかと不安を覚えてしまう。
結局ここにいるみんなって、私の外見や運動神経が目当てなんだよね。もっと言うと、私のネコミミが目当てなんだよね。
こんな調子で地球人の友達ができるのかな? 地球人の親友が作れるのかな?
不安に蝕まれながら、私はとりあえずこのオオオカサバキを収めるべく「イタイイタイ」と口走ることにした。せーの、
「イ」
「こら――――っ!!!」
突然聞こえてきた怒鳴り声に、私を含めた全員がその場で凍りついた。
「なにやってんだ! 岩下が嫌がってんだろ!」
なみいる先輩方を掻き分けて、背の高い女の子が私のもとへと歩み寄る。呆気に取られている私を庇うように、彼女は先輩たちを蹴散らして私の肩を力強く抱き寄せた。
「岩下は地球へ来て間もないんだ。いきなり取り囲んでおしくらまんじゅうしたら怯えるに決まってるだろ。そんなこともわかんねーのかよ!」
思い出した。
彼女は私のクラスメイトで、たしか名前はミヤザキユカ。
教室で私がクラスメイトの質問攻めにあっていたとき、ただ一人騒ぎの輪に入ってこなかった女の子。その周囲に流されない姿勢が、逆に強く印象に残っていた。
「帰ろうぜ、岩下」
「あ、うん……」
私の肩を抱き寄せたまま、ユカは先輩の間を悠々と通り抜けていく。
彼女が目で威嚇しながら歩いてくれたおかげで、私たちはどうにか無事に校外へと脱出することができた。
「ごめんな」
校門を出たところで、神妙な面持ちのユカが私に頭を下げた。なぜユカが謝るのかわからなくて、私はミミを立てたままキョトンとしてしまう。
「みんな悪気があったわけじゃないんだ。きっと
面白い人だな~、と思った。
何も悪いことをしていないのに、地球人を代表して謝罪するユカ。
地球にはこんな人もいるんだな~と、そう思ったら、なんだか嬉しくなった。
「……ユカも、私と友達になりたい?」
ミミを伏せたまま恐る恐る尋ねると、ユカは一瞬驚き、それから満面の笑顔になって答えた。
「もちろん!」
桜の木の下でユカが豪快に笑う。
その笑顔があまりにも無邪気だったので、私もつられて笑ってしまった。
青い空。
白い雲。
花びらは桜色。
良く晴れた本日は、絶好の出会い日和。
「私も、ユカと友達になりたいな」
「よーし、今日からオレたちは友達だ! 二人で友達百人作ろうぜ!」
「おー!」
異星の友達を作ることは、小さい頃からの私の夢だった。
たった一人でいい。地球で親友を作ることが私の願いだった。
そんな夢への最初の一歩を、この日、私は踏み出した。
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