第2幕 あきらめることに慣れていた(1)

「でもさ、仕方ないよな。そりゃ嘘の電話番号を教えられたのはショックだったけど、よく考えたら当然だよ。それまでだって、友達のいない僕に同情して付き合ってくれてただけだもんな。だったら卒業してまで仲のいいフリをする必要なんてないもんな。僕のことをウザいと思ってたから嘘の電話番号なんて教えて、体よく縁を切ったってことなんだよな。鈍い僕だってさすがにそこまでされたらわかるさ」

「ちょっと待てよ、なんだそのネガティブ思考」

 駅前にある喫茶店で、すっかり店の常連と化したギンタとユカが思い出話に花を咲かせている。

 ロマンティックな言い方をすれば「二人の馴れ初め」とも表現できる中学時代の逸話の数々に、ウェイトレスであるルルナと山岡も興味津々で耳を傾けていたのだが……。

 なんだか話が変な方向に逸れ始めて、ウェイトレス両名は顔を見合わせてしまった。

「なあ、ギンタ。お前なにか勘違いしてるんじゃないか」

「勘違いもなにも、それが真実だろ。でなきゃ卒業式の前日に、わざわざ嘘の電話番号を僕に教えたりなんか……」

「だから、オレは嘘の番号なんて教えてないって」

「いいよ、気を使わなくても。僕は気にしてないから。全然気にしてないから。もうまったく気にしてないから」

「いいから人の話聞けよ!」

 自身の恋愛感情には一言も触れず、あくまでも友人としてユカに接するギンタ。

 一方、ギンタの恋心に気づいていないユカは、愚痴っぽい彼の話に憮然としてしまう。

 険悪な空気が漂う中、一部始終を聞いていた美貌の異星人エンジェルルルナが、ゆったりと意見を述べた。

「もしかすると、それはユカさんが電話番号を書き間違えただけではないでしょうか」


 ……黙りこむ二人。


「ユカさんはしっかりしているように見えて、ときどき抜けているところがありますから」

 こくこく。ルルナの隣で黒縁眼鏡の山岡が頷いている。

 ユカが抜けているという意見には、ギンタにもユカ本人にも思い当たる節が多々あった。

「だ、だとしても、番号が間違ってるかどうかオレに確認すれば良かっただけの話だろ? オレの家に直接電話して確認してくれれば良かったんだよ!」

「ユカの実家の電話番号、知らないんだけど」

「え、そうなのか? ……あ、えっと、でもほら、ギンタはオレの家に来たことあるじゃないか! 住所はわかってるんだから、直接オレに会って聞けばよかっただろ!」

「『もう連絡してくるな』って暗に言われたんだよ? そんなことされたら普通、嫌われたって思うよね。嫌ってる相手のところに強引に押しかけるのはストーカーって言うんだよ。僕はそこまで見苦しくないから」

「だーっ! ああいえばこういう! お前は昔からそうなんだよ! ひとりでウジウジウジウジ悩みやがって。それで結局何もせずにあきらめて、自分が我慢すれば丸く収まると思ってんだ。そんな性格じゃ、本当に大事なものを見つけても手に入れられっこないぞ!」

「なに偉そうに言ってるんだよ。最初に番号を間違えたのはユカだろ。なんで僕が説教されなきゃいけないのさ」

「うるせええええええ!」

 喧喧諤諤けんけんがくがく

 蝶ネクタイをしたマスターが「静かにしてくれないかなあ」という目で二人を見ているが、周囲の迷惑顧みず両者の口論はヒートアップしていく。

 まさかこんな騒ぎが起こっているとは夢にも思っていなかったのだろう。新たな客がカランコロンと鐘を鳴らして入店したが、あまりの喧騒に驚いて足を止めてしまった。

「いらっしゃいませ」

「なんの騒ぎ?」

 ウェイトレスのルルナに営業スマイルを向けられ、童顔巨乳でネコミミ女子高生なお客様――異星人ケットシーのネコは、挨拶を返すよりも先に、言い争う二人を指差していた。

「それがですね……」

 嬉々として経緯を語り始めるルルナ。楽しげに、かつかなり好意的な解釈に基づいた説明をするルルナに、ネコは「へぇ~」とか「ほぉ~」とか大袈裟に感心してしまう。

「……というわけなんです。わかりましたか?」

「とりあえずギンタさんがいい人で、ユカがドジっ子だっていうのはよくわかったよ」

 答えるネコの隣では、山岡がこくこくと何度も頷いていた。

 そう思って見てみれば、言い争いをする二人なのに不思議と険悪さは感じられない。二人を取り巻く空気感に、ネコは友人たちの人柄の良さを垣間見た気がした。

 ……ただ、営業妨害も甚だしい二人に、蝶ネクタイのマスターだけは険しい顔でコップを磨きつづけていたのだけれど。




「でさ、ルルナはぶっちゃけギンタのことどう思う?」

 じゃれあいのような口喧嘩の後、帰宅するギンタを見送ったユカは、テーブルを拭くルルナへ唐突に話を切り出した。

 いかにもユカらしい単刀直入な物言いに、話を切り出された美人で異星人なウェイトレスは普段と変わらぬおっとり調子で答える。

「いい人ですよね」

「そういう意味じゃなくてさ」

 ギンタとルルナを恋人同士にしようと画策しているユカは、このマイペースな異星人にどうやって彼を意識させれば良いかと頭を悩ませていた。

 なにしろルルナは世間知らず――というより天然――なのだ。気を使って遠まわしに物事を進めても、彼女なら気づかずに素通りしてしまう公算は大きい。

 それならばと、ユカは直球で尋ねてみることにした。

「ギンタのことを一人の男としてどう思うかって聞いてるんだ。ぶっちゃけ彼氏にどうよ」

「ありえないですね」

「即答しやがった」

 優美な笑みを称えながら、バッサリとギンタを切り捨てるルルナ。そして頭を抱えるユカ。

「なんでだよ。あいつはオタクだしろくに友達もいないけど、根は優しくていいヤツだぞ。ルルナだってあいつのこと嫌いなわけじゃないだろ?」

「ギンタさんのことは好きですよ。ただ、恋愛対象には絶対になりえないと言っているだけです」

 ある意味、そっちの方が残酷だよな。

 男として見られていないギンタに同情しつつ、それでもユカは食い下がる。

「で、でもさ、今は男として見れなくても将来的にはどうなるかわからないだろ?」

「いいえ、未来永劫あり得ないと思います。それは……」

 ルルナは一旦言葉を切ると、ゆっくりと、ひとつひとつ丁寧に言葉を選んで、地球人であるユカにもわかるように説明した。

「私は地球人にとっての『エイリアン』です。地球人とはまったく別種の生き物なんです。ですから、私が地球人に対して恋愛感情を抱くことはありえません。ユカは花に恋をしますか? 魚と愛を育めますか? ゾウやキリンと恋愛できますか?」

「ギンタは植物や魚類と同レベルなのか……」

 もともとカップルになる可能性はゼロだった。ならば二人を恋人にしようと頑張ってきた自分の苦労は何だったのか。無駄な努力の日々に思いを馳せ、ユカの両肩にどっと疲れが押し寄せる。

 ……ふと横を見ると、幸せそうにネコミミをぴこぴこ動かしながらニコニコ笑顔でパフェを食べるネコがそこにいた。

 エイリアンであるネコも、やはりルルナと同意見なのだろうか。なんとなく気になったユカは率直に尋ねてみた。

「ん~、私は異星人同士の恋愛ってアリだと思うな。小さい頃に見た映画でそんなロマンスがあったんだよね。あれを観て以来、異星人と心が通じ合うっていうシチュエーションに憧れてるんだ~」

「てことは、異星人でも地球人に愛を感じることはあり得るんだな?」

「そうだね~、地球人相手に愛を感じることはありえると思うよ。ほら、地球人でも猫とか犬とかトカゲとかに愛情を注いでる人っているよね? あんな感じ?」

「ギンタはペットと同格か……」

 わかりやすいネコの説明に、ユカは肘をついたままため息をつく。

 そんな全力で落胆中のユカを見て、パフェを食べていたネコは「ハッ!」と目を見開いた。

「もちろんユカは別だからね! ユカは私の親友だよ! ユカのことだいだいだーい好きだから!」

「……ありがと」

 ネコの必死のフォローにも、ため息で答えてしまう落ち込み街道まっしぐらのユカ。

 まさか種族の壁がこれほど分厚いものだったとは。いったいギンタになんと釈明すれば良いものやら。

 考えただけで今から胃が痛くなりそうなユカだった。

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