第1幕 ユカは何もわかってないよなあ(4)

「ぶっちゃけるとさ、ギンタにはルルナの恋人になってほしいんだよね」

「ぶっ」

 窓際のテーブル席。真正面に座るユカにぶっちゃけられて、ギンタは飲んでいたクリームソーダを吹き出してしまった。


 時は夏休み某日。

 女子四人との楽しい買い物から丸一日が過ぎたこの日、ギンタはユカに誘われるまま、自宅から歩いて三十分ほどの場所にある小さな喫茶店を訪ねていた。

 ちなみに、本日のユカの誘い文句は以下の通りである。

『どうせヒマなんだろ。遊んでやるから××駅前にある△△って喫茶店に来い』

 有無を言わさぬ命令口調は相変わらずであり、なんだかんだ言ってのこのこ出てきてしまうギンタも相変わらずだった。

 そうして待ち合わせした喫茶店で向かい合わせに座り、軽く世間話をしていたと思ったらら、突然ぶっちゃけられた。これで動揺するなと言うのは無理な注文である。


「ちょ、ちょっと待った。どうしていきなりそんな話になってるの?」

 ギンタが聞き返すのも当然だろう。ほんの二日前にルルナからストーカー扱いされた男と、どこをどうすれば「恋人同士にしよう」などという発想に至るのか。

「ルルナがストーカーに狙われてるってのは本当の話なんだよ」

 説明を求められて、ユカがいつになく真剣な口ぶりで語り出した。

「ルルナは一人暮らしなんだけどさ。部屋に戻ると帰宅のタイミングを狙っていたように無言電話がかかってくるらしいんだ。他にも郵便受けが荒らされていたり、外に出したゴミが誰かに持ち去られたり……人気のない場所で妙な視線を感じるなんてしょっちゅうらしい」

 そこまで露骨にストーカー行為をされていながら、これまで犯人はおろか、怪しい人物すら目撃したことがないという。

 正体不明のストーカー。そう聞くと、夜道でいきなりギンタをストーカー呼ばわりしたことも仕方が無いように思えてしまう。

「ルルナも普段は明るく振舞ってるけど、本音ではかなり参ってると思うんだ」

 異星人と言っても精神構造は人間と大差ない。陰湿なストーカー行為を受ければ精神的に参るのは必然。それはギンタにも理解できる。理解できるが……。

 それでどうして自分と恋人同士にさせようという発想になるのか。

「わかんねえかな。ルルナに恋人が出来れば、ストーカーだって諦めるだろって話だよ!」

「それはわかるけど、どうして僕なの? ルルナさんほどの美人なら、僕なんかよりもっと相応しい男の人がいると思うけど」

「あのなあ、誰でもいいってわけじゃないんだよ。ストーカーにつきまとわれるようになってから、ルルナは露骨に男を怖がるようになったんだ。そのルルナが、昨日はお前と普通に会話をしてただろ? あれってかなり珍しいことなんだよ」

「その前はストーカーと間違われたけどね」

 一応反論だけしておいて、ギンタはストローに口をつけながら考えをまとめる。

 なるほど、連日のユカからの呼び出しにはそういう意図があったのか。

 ユカにしてみれば「ギンタならルルナを傷つけるような真似はしない」という確信があって彼を推しているのだろう。信頼されていることは素直に嬉しいが……。


「……わかってないよなぁ」


「ん? 何か言ったか」

「別に」

 ちゅうちゅうとストローでソーダを飲みながら、ギンタは真正面に座るユカをまじまじと見つめる。

 ――わかってない。こいつは本当にわかってない。

「で、どうだ。やってくれるか? もちろんやるよな。だってエンジェルを彼女に出来るチャンスだぜ。こんな幸運、二度とないぞ」

 血気にはやるユカに、ギンタはどう返事をすれば良いものかと思い悩む。

 ゾクゾク。

 いきなり背中に寒気を感じて、ギンタは何事かと辺りを見回した。振り返ったギンタは、カウンターでグラスを拭いている口ひげ蝶ネクタイの男性と目を合わせた。

 ……ごっつ睨まれてる。

 ギンタ曰く「眼帯付けて『みなさんお待ちかね~!』とか言わせてみたい」という外見の喫茶店店長が、なぜかさっきから刺すような視線で睨みつけていた。

「僕はあの人の気に触るようなことを何かしたのだろうか」などと考えていると、カランコロンと鐘の音が鳴り、喫茶店の入口の扉が開かれた。

「マスター、お疲れ様です。あら、そこにいるのはユカ? それにギンタさん?」

 口ひげ蝶ネクタイのダンディな店長に挨拶した異星人美女――ルルナが、テーブル席に座る二人組を見つけて会釈する。そのすぐ後ろで、ルルナに続いて入店した影の薄い眼鏡の女性――山岡がニコニコと頭を下げた。

 こんなところでルルナさんと会うなんて!

 予期せぬ遭遇に驚くギンタへ、ユカが一拍遅れて説明する。

「ルルナがバイトしてるって話は前にしたよな? そのバイト先ってのがここなんだよ」

「そういうことは先に言ってよ」

 そういえば、先日の自己紹介でルルナと山岡が同じ店でバイトしていると言っていた気がする。

 そのことを思い出したギンタは、眼帯の似合いそうなマスターが刺すような視線を向ける理由にようやく思い至った。

 つまりマスターは「ウチの看板娘を泣かせたら承知しねえぞ。いや、むしろ殺す」と目で訴えていたのだ。さすがエンジェル、老若男女を問わず大人気だ。

「あ、そうだルルナ! 今日はバイトが終わったらギンタが家まで送ってくれるってさ」

「え? でもご迷惑なんじゃ……」

「いいんだよ。どうせギンタは毎日ヒマなんだし。ひきこもり解消のためにも、外を出歩いてリハビリした方がこいつのためにもなるんだから」

 憮然とするギンタをよそに、ユカが勝手に話を進めていく。

 ずっと引きこもっていて運動不足気味なのは事実だが、ユカに正面切って言われると無性に腹が立つのはなぜだろう。

「ルルナもその方が安心だろ?」

「それは、正直とてもありがたい申し出ですが……ご迷惑ではありませんか?」

「へ? あ、ああ、そんなことない。迷惑なんかじゃないよ」

 勢いで返事をしてしまうギンタは、状況に流されやすい性格だった。

 だが、そんなギンタの言葉をルルナは嬉しく思ったらしい。厚意を示されて、目も眩むほどの笑顔を惜しげもなく披露する。

「ありがとうございます。では、お礼に私のおごりで何かごちそうします。お待ちください。すぐに着替えて参ります」

 天使の微笑を称えつつ、ルルナは軽やかな足取りで店の奥へと消えていく。そんなエンジェルに付き従って、いつもニコニコ笑顔の山岡も店の奥へと消えていく。

「よしよし、いい感じじゃないか」

 何がそんな嬉しいのか、ユカが満足げに白い歯を見せている。

 ユカの反応にギンタがものすっごく複雑な表情を浮かべていると、当の彼女は力強く彼の顔を指差してきた。

「わかってるよな。ギンタに彼女が出来るチャンスなんて金輪際二度とあり得ないんだぞ。いいか、お前には気迫が足りないんだ。もっと自分からアタックしてみろ。大丈夫、きっと上手くいくって。オレも全力で二人のこと応援するからさ!」

 気が重そうなギンタを、ユカが激励(?)している。

 ユカに力いっぱい応援されたギンタは、しみじみと呟かずにはいられなかった。


「わかってないよなあ」


 本当に、ユカは何もわかってないよなあ。

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