第1幕 ユカは何もわかってないよなあ(3)
デートって、こんな感じなのかな?
女子のショッピングにムリヤリ付き合わされたギンタは、女子四人の後をついて歩きながら、ついつい頬が緩んでしまう。
最初はイヤイヤ付き合っていたはずだが、そこは健全な男の子。女子に囲まれてちやほやされればテンションも上がるというものだ。
人懐っこいネコがギンタに質問をして、ギンタの答えにユカが茶々を入れる。美人のルルナが穏やかに合いの手を入れて、無口な山岡がにこやかに微笑む。
(あ……なんかちょっと幸せかも……)
生まれてこのかた一度も女子にモテた経験のないギンタだから、甘酸っぱい空気に心地よさを感じたとしても仕方が無いと言えるだろう。
「ギンタさん、だいじょぶ? 荷物重くない?」
地に足がついていないギンタを心配したのか、背の低いネコが横から顔を覗き込んできた。
他人と目を合わせるのが苦手なギンタは、咄嗟に目線を逸らしながら、緩みまくっていた頬を引き締める。
「平気平気。このぐらい何でもないよ」
「そうだぞ、ネコ。こんな奴の心配することないって。もともと荷物持ちするぐらいしか生きる価値のない奴なんだから」
「人の価値を勝手に決めるな」
相変わらず口の悪いユカを、ギンタが唇を尖らせながら睨みつける。気弱そうなギンタがユカにだけは態度が大きいのを見て、なぜかネコは寂しそうにうつむいてしまった。
「ギンタさんって、ひょっとして私のことキライ?」
「は? え、なんで?」
「だってユカとは顔を見て話をするのに、私とは目も合わせてくれないじゃない?」
しょんぼりと肩をすぼめなながら、ネコが伏目がちに尋ねてくる。
(いけない。せっかくの楽しい雰囲気を僕のせいで壊しちゃいけない。僕がネコちゃんを嫌っていないことを行動で示さなくては!)
そうと悟ったギンタは、気合いを入れてネコの目を見据えた。
背が低くて、童顔で、胸が大きくて、ネコミミがぴこぴこ動いていて、くりくりお目目の愛らしい顔立ちで、やや上目遣い気味に潤んだ瞳でこちらを見ているネコと、ばっちり目が合った。
……目を逸らした。
「あーっ、また目を逸らした! やっぱり私のことキライなんだ!」
ルックスが凶悪すぎていろんな意味で正視できないんだよ。とはなかなか説明し難いギンタである。
「ネコがかわいいから、照れて顔をまともに見られないんだよ」
ギンタのコミュニケーション能力の低さを知っているユカが、横合いからフォロー。
ナイスだ! ユカにアイコンタクトで感謝するギンタ。
貸しだからな。ギンタにアイコンタクトで恩を売るユカ。
そんな目で会話する二人をよそに、ネコは「にゃーん」と喉を鳴らしながら両手で頬を押さえていた。どうやらかわいいと言われて照れているらしい。
その仕草がいちいち愛らしくて、ギンタはますますネコを正視できなくなる。
こんな感じで事有るごとにネコから目を逸らしまくっていたギンタは、自然と余所見をしながら道を歩く格好になってしまい、子供が近くにいることに気がつけなかった。
「あっ」
体に伝わる衝撃と腰の辺りから聞こえてきた幼い声に、ギンタは「余所見していて誰かとぶつかった」とすぐに察する。
すかさず謝ろうと頭を下げかけて……ギンタの視界の隅を、銀色の丸い物体がよぎった。
(風船?)
どこかで配られていたのだろう。風船を持って歩いていた子供が、ギンタとぶつかった弾みで手を離したらしい。銀色の球体が音もなく上昇するのを見て、ギンタは考えるより先に動いていた。
片手に荷物を抱えたまま、ギンタはもう片方の手を風船へと伸ばす。垂れ下がった紐が指先に引っかかるが……。紐はするりと指の間をすり抜け、銀色の風船は上昇を再開した。
しまった!
そう思った瞬間、ギンタの肩に微かな重みがのしかかった。
直後、伸ばしたギンタの指の先に、ひらひらのかわいらしいミニスカートが出現する。
ギンタの肩を踏み台にした人影は、スカートが捲れあがることを気にも留めず、空中で風船をキャッチして見事な着地を決めた。
「はい。もう手を離しちゃだめだぞ」
常人離れした身軽さを見せつけたミニスカートの少女――岩下ネコが、人懐っこい笑顔で子供に風船を手渡している。
体重を感じさせない跳躍。猫のようにしなやかな着地。そして無邪気な笑顔で子供に接する態度。ネコが見せた一連の行動に、ギンタは言葉も忘れて見とれてしまう。
そして、そんなお手柄のネコに対して、連れのユカは……
「おーまーえーわー。ミニスカートで跳ね回るなと何度言えば!」
「うわーん。ごめんなさーい」
ミシミシという音が聞こえそうな勢いでユカに頭を押さえつけられ、半泣きになりながら謝るネコ。半泣きのくせに声がやけに楽しそうなのはご愛嬌だ。
じゃれあう二人を眺めながら、ギンタはたった今目撃した光景……自分の身長よりも高くジャンプしていたネコ(のスカートの中身)を思い出し、ひとりで赤面してしまう。こうして彼は、ますますネコの顔を正視できなくなってしまうのだった。
「ギンタさんってお優しいんですね」
「は?」
不意打ちで声をかけられて、ジャンプしたネコ(のスカートの中身)を思い出していたギンタは声を裏返らせる。慌てて振り返ると、そこに立っていたのは可憐に微笑んでいるエンジェルのルルナだった。
「あの、優しいって、僕が?」
「はい」
「いやいや、僕は何もしてませんから。風船をキャッチしたのはネコちゃんだから」
「そんなことありませんよ。ネコさんは瞬発力なら人並み以上ですが、反射神経は地球人と大差ありませんから。風船に気づいたギンタさんが行動を起こしてくれたから、ネコさんもすぐに反応できたんです。これはギンタさんのお手柄ですよ」
「で、でも、もともと僕が余所見をしていてぶつかったのが悪いわけで……」
誉められることに慣れていないギンタは、なぜか自分を卑下しようと頑張ってしまう。
そんな彼の不器用さを「奥ゆかしい」と受け取ったのか、ルルナは好感のこもった眼差しで、くすくすと笑いつづけていた。
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