第1幕 ユカは何もわかってないよなあ(2)
「昨日は本当に申し訳ありませんでした」
ギンタがストーカー容疑で誤認逮捕された、翌日。
アニメオタクでゲームオタクのギンタは、流行のファッションで着飾った若者たちでごった返す都心の某駅で、美人の
コミュニケーションが苦手なギンタは「いいですよ、気にしてませんから」と愛想笑いを浮かべながら、なぜ自分はこんな場違いな場所にいるのかと今朝の出来事を振り返る。
昨夜、久しぶりに会った元同級生のユカとメールアドレスを交換したギンタは、朝になってさっそく連絡を受けた。
『どうせヒマなんだろ? 遊んでやるから○○駅にこい』
……ユカって昔から人の意見に耳を貸さない奴だったよな。
そんなことを思いながら、しかし流されやすい性格のギンタは言われるまま都内某駅へと出向いてしまう。
かくして駅に到着したギンタは、そこで待ち構えていた美人の
「あれからルルナに詳しい話を聞いてさ。そしたら、どう考えたってルルナの勘違いだろ? で、ルルナもお前にお詫びがしたいって言うから、早速その機会をセッティングしたってわけだ」
ユカの説明を聞いてとりあえず納得するギンタ。……納得はするが、
「それで、そっちの彼女たちはいったい……」
居並ぶ女性を見回しながら、ギンタは恐る恐るユカに尋ねる。
何しろ女っ気とは無縁に生きてきたギンタである。異性に免疫のない彼が、改札を出るなり見知らぬ美女軍団に囲まれて不安を抱いたとしても、それは仕方のない反応というものだ。
(これはあれかな? 新手の宗教の勧誘? 壺か、壺を買わされるのか? それとも絵画? ラッセ○とか○ュシャとか?)
改札を出るなりいきなり警戒度マキシマムのギンタ。
そんな被害妄想も甚だしい友人へ、ユカは一人ずつ順番に女性陣を紹介していく。
「ルルナのことは知ってるよな。日本での名前は天野ルルナ。オレと同じ高校で、一コ上の三年生。見ての通り『エンジェル』だ」
ユカに紹介され、昨日とは打って変わってにこやかに会釈する美女ルルナ。
だが、そんな美人の挨拶よりも「ユカはまだ自分のことを『オレ』って言ってるのか」とそちらの方が気になってしまうギンタである。
「で、このチビっこいのが岩下ネコ。オレの同級生だ」
「よろしく!」
紹介されて満面の笑顔で片手を挙げるネコ。
長身でロングスカートが似合うお嬢様風のルルナとは対照的に、背が低くてかわいいネコは活発なミニスカートが良く似合っていた。
他人の目を見て喋るのが苦手なギンタは、ネコの顔をちらりと見てから、なんとなく目を逸らそうと視線を下げる。
小柄な体には不釣合いな、豊満なバストがそこにあった。
(マズイ。このままじっと見ていたら、また変態だと思われてしまう)
昨日の今日でさすがに自制心が働いたのか、すぐさま視線を上へと戻すギンタ。だが、やはり相手と目を合わせるのは苦手なので、なんとなくネコの頭の上を見つめてしまう。
小柄な少女の頭には、ネコミミが生えていた。
(……アニメの見すぎで疲れてるのかな)
ぴこぴこ動くネコミミを見て、ギンタは眉間を指で強く押さえた。
「見ての通り、ネコは『ケットシー』で……。どうしたギンタ、呆けた顔して。そうかそうか、お前こういうの大好きだもんな!」
ギンタの二次元趣味を知っているユカが、得心したように何度もうなずく。うなずくのは彼女の勝手だが、顔がいちいちニヤけているのがなんだかとても腹立たしい。
ユカが口にした「ケットシー」とは、猫の耳と尻尾を持つ人型の異星人の俗称だ。
ギンタも噂に聞いて知ってはいたが、さすがに実物を目の当たりにするとかなりの衝撃だった。
ルルナが「美女」なら、ネコは「美少女」。童顔に似合ったかわいらしい服装で、首にはルルナがしているのと同じ黒いチョーカーを巻いている。
ただ、ルルナのチョーカーがファッションに見えるのに比べ、ネコの場合はサイズがあっていなくて「首輪」にしか見えないのはいかがなものかと思うけれど。
「で、こっちは山岡。オレやネコと同じ学年で、ルルナとはバイト仲間だ」
ぺこり。紹介されてにこやかに頭を下げる山岡。
個性の強い面子が揃っているせいか、山岡は一見すると地味な印象を受ける。
ルックスは人並み以上だが、ルルナほど美人でもなく、ネコほど愛らしいわけでもない。
服装も長袖にパンツルックというシンプルな格好で、ルルナのチョーカーのようなアクセサリも一切身につけていなかった。
先ほどから一言も言葉を発せず、ただニコニコと愛想の良い笑顔を振り撒くばかり。整った容姿の割に印象が薄く、特徴らしい特徴といえば頑丈そうなフレームの黒縁眼鏡をかけていることぐらいだった。
「で、オレは宮崎ユカ――」
「ユカの説明はいいよ」
自己紹介を早々に打ち切られて、ユカはむすっとしながら美女三人へと向き直る。
「んじゃ、改めてみんなに紹介するよ。この冴えない顔した根暗そうな男が芦屋ギンタ。オレの中学のときの同級生。運動ダメ。勉強ダメ。見ての通りのオタクでコミュ障だから、夜道で会ったら逃げ出したくなる気持ちもわかるけど、そこは我慢してやってくれ」
「じゃ、僕は帰るから」
「待て待て」
改札へとUターンしかけたギンタの襟首を、ユカがむんずと掴み、引き寄せる。
「そう邪険にするなって。せっかく来たんだから一緒に遊ぼうぜ」
「は?」
耳を疑いたくなるユカの申し出に、ギンタは声を引きつらせた。
女っ気がまるでない暗黒生活を送るオタク少年が、なぜいきなり美女&美少女集団に同行しなければいけないのか。あまりにも理解の範疇を超えていて、ギンタはまるで意味がわからず……。
「はっ! まさか……。言っておくけどな、僕は壺も絵画も買う気はないからな!」
「何の話だよ。今日はみんなで買い物するから、荷物持ちに男手が欲しいって言ってるだけだろ」
「……あ、そゆこと」
自分は荷物持ち以外何も期待されていないのだとわかって、ギンタはようやく納得する。
考え様によっては酷い言われようだが、自分の価値はその程度だと本人も理解しているのだから仕方がない。
「でも、荷物持ちなら僕みたいな貧相な男より、もっとふさわしい相手がいるんじゃないか? ユカを除けば美人揃いなんだから、同行したがる男なんて星の数ほどいるだろうに」
「まあな。オレを含めて全員美人だから、誘えばついてくる男なんて山ほどいるだろうな。でも、そういう男っていかにも下心がありそうだろ? その点、ギンタなら度胸もないし根性もないし全然男らしくないし見るからに人畜無害だから一緒にいても安心ってことでさ」
いつかこの女を言い負かしてやりたい。
中学時代から思いつづけて、未だに叶っていないギンタの夢である。
ともあれ、頼まれるとイヤとは言えない典型的な「いいひと」気質のギンタは、状況に流されるまま、美女四人の荷物持ちと化すのだった。
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