第1幕 ユカは何もわかってないよなあ(1)
二○○九年、七の月。地球にエイリアンがやって来た。
後に「エンジェル」「ナイトメア」と名付けられる二つの異星種族が、地球との国交を開くため謎の円盤UFOに乗って地上に降り立ったのだ。
当然の如く世界中が大混乱。政治機能はマヒ。経済は大恐慌。全世界が未曾有の危機に見舞われたのだが……その顛末を話し出すと長くなるのでここでは割愛する。
とにかく紆余曲折の末、地球は多くの異星国家と友好関係を結ぶに至り、地球には数多のエイリアンが観光やらビジネスやらで頻繁に訪れるようになっていた。
毎週金曜日。宇宙人を乗せた円盤が地球へと飛来し、去っていく。月を横切る宇宙船の赤い光は、今では週末の風物詩となっていた。
……などという歴史的事実とはまったく無縁なところで、オタクな少年「芦屋ギンタ」は、交番で警察官二人を相手にみっちりと事情聴取を受けていた。
「つまり、君が夜道を歩いていたら『エンジェル』の彼女が目に止まり、その美しさについムラムラっとなって襲い掛かってしまったと」
「ちがいます」
事件を捏造する警察官へ、ギンタが最早何度目かもわからない否定の言葉を繰り返す。
この会話からもわかる通り、警察はギンタのことを完全に、問答無用で、完膚なきまでに、悪質なストーカーだと断定していた。
ギンタにとって不幸だった点は二つ。
一つ目は、警察に所持品検査をされて、リュックから美少女アニメのDVDやら肌色多めな同人誌やらが出てきてしまったこと。多少は市民権を得たとはいえ、やはり二次元趣味に対する世間の風は冷たかった。
そして二つ目の――彼にとって最大の不幸だったのは、ストーカー被害を訴える美女が「エンジェル」だったこと。
数ある異星人の中でも特に有名な種族「エンジェル」は、もれなく美男美女揃いであることで広く知られていた。
女性のエンジェルに魅了された男性地球人は数知れず。その影響力は、もしも地球に最初に降り立った宇宙人がエンジェルでなかったなら、異星人との国交が開かれることはなかったと言われるほどだ。
警察官だって人の子。エンジェルと呼ばれるほどの美女から涙ながらに「この人はストーカーです」と訴えられれば、
「なんてふてえ野郎だ!」
と怒ると同時に、
「ストーカーしたくなるお前の気持ちもわからなくはないがな」
と間違った納得をされてしまい、勝手に犯人だと決め付けられてギンタの弁明などハナから聞いてくれない始末。
かくして交番に連れ込まれたギンタは、身の潔白を証明することが出来ず、延々と警察官の説教を受ける羽目に陥っていた。無実なのに。
「エンジェルを好きになるのは悪いことじゃない。だが、宇宙を股にかけた愛を謳うなら、もっと他の宇宙人にも目を向けるべきだ。緑色の肌を持つ一つ目巨人の『サイクロプス』、時速五十キロで走る四本足の『ケンタウロス』、好きな姿に変身できる『メタモルフォス』……そんな人間離れした存在も、エンジェルと同等に愛するべきじゃないのか? 外見に囚われるあまりエンジェルに固執するなんて、随分と偏狭な愛だと思わないか?」
しかも説教の方向がどんどんとずれている気がする。
別に「エンジェルを愛している」などと言った覚えはないのに、警察官から崇高な宇宙愛を説かれて、かなりウンザリ気味のギンタだった。
壁の時計を見ると時刻はすでに夜の十時。リアルタイムでのアニメ鑑賞ができなくなったことに落ち込み、目に見えて落胆するギンタ。こんな状況でもアニメの放送を気にかける辺り、骨の髄までオタク魂が染み付いている。
そんな落胆のため息が気に触ったのか、説得していた警察官の一人が凄みを利かせてギンタに詰め寄った。
「喋るなら今のうちに素直になった方がいいぞ。もうすぐヤマさんが来るからな。そうしたらお前、自供どころか人に言えない恥ずかしい趣味や、甘酸っぱい恋愛遍歴なんかも洗いざらい暴露させられちまうんだ。そんな目にはあいたくないだろ?」
どうやらこの警察官は「ヤマさん」と呼ばれる「ナイトメア」に捜査協力を依頼したらしい。先ほどからそれをネタにして警察官は自白を強要していた。
ナイトメア。
そう呼ばれる異星種族の存在を、もちろんギンタはよく知っていた。
実物を見たわけではないが、なんでもナイトメアは人の心を操ることが出来るらしい。
エンジェルとともに地球との交渉のテーブルについた彼らは、その能力で交渉を有利に運んだとも噂されていた。
そんなナイトメアの手にかかれば、犯罪者に罪を自白させるなど造作もないこと。その能力を見込まれて、少なくない数のナイトメアが日本の警察に協力しているという。
だが、そんなナイトメアの登場こそギンタの望むところだった。
ナイトメアが自白を強要して、それでも自分が犯人じゃないと言い切ることができれば、警察もこちらの言い分を聞いてくれるに違いない。このときのギンタはそう考えていた。
「ナイトメアなんて呼ぶ必要はありません! この人は絶対にストーカーです!」
……が、そんな少年の思惑など知る由もなく、一緒に事情聴取を受けていた美しい異星人がギンタを指差し熱弁を振るう。
なぜそこまで自信たっぷりに言い切れるのか。そう思い尋ねたギンタに、彼女ははっきりと答えたものだった。
「だってこの人、見るからに怪しいじゃないですか!」
エンジェルってみんなこんな感じなのかな……。
今日初めて実物のエンジェルと知り合ったギンタは、よく言えば天然、悪く言えば思い込みの激しすぎる性格に、淡い幻想を打ち砕かれた思いだった。
右を見れば、絶世の美女エイリアン「エンジェル」。
左を見れば、肌が緑色の一つ目巨人「サイクロプス」。
正面を見れば、さっきからずっと疑いの眼差しを向けている強面の警察官二名。
神妙に事情聴取を受けながら、ギンタは内心で「ここは僕のいるべき場所じゃないよなあ」と誰に言えばいいのかわからない愚痴を呟きまくっていた。
そんなストーカー(誤認逮捕)ギンタの苦境を救ったのは、意外にも被害者であるエンジェル側の人間だった。
「ルルナ!」
唐突な叫び声とともにギンタの目に飛び込んできたのは、ジーンズに黒のTシャツという色気の欠片もない服装で駆け寄ってくる、長身短髪の女性の姿だった。
「ルルナ、無事か? ケガはないか? ストーカーに襲われたって聞いて飛んで来たけど、変なことはされなかったか?」
「はい、私は大丈夫です。でもストーカーがなかなか罪を認めなくて」
「なにぃ!」
友を襲った憎きストーカーを懲らしめるべく、短髪の女が居並ぶ男連中を流し見る。そのまま彼女は、迷うことなくギンタへとにじり寄った。
「てめえがストーカーか! ルルナを怖い目にあわせておいて、罪を認めないってのはどういう了見だ!」
いわれのない罪で叱責されたことよりも、緑色で角があって一つ目の巨人サラリーマンがいるのに、それを差し置いて第一印象でストーカーだと断じられてしまったことの方がショックなギンタだった。
が、
「……あれ? ひょっとして、ギンタ?」
「え? あ、まさか、ユカ?」
相手の素性に気がついて、ギンタは驚きに目を丸くする。突如現れた彼女は、ギンタにとって唯一の女友達――女子高生・宮崎ユカだった。
「なんだよギンタ。久しぶりじゃないか。音沙汰ないと思ったら、ストーカーなんてやってたのかよ」
「やってない」
「たはは! 冗談だって。お前に女を襲うような度胸があるわけないよな!」
「信じてくれるのは嬉しいけど……なんだろう、この胸の奥に湧き上がる感情は」
さっきまでの憤怒の形相はどこへやら。ユカと呼ばれたマニッシュな女子高生は、ふてくされるギンタの頭をぺしぺし叩きながら豪快に笑い声をあげていた。
旧交を温め合う二人を見て、わけがわからないのはストーカー被害者(だと本人は信じている)の異星人美女だ。
「ユカさんは、そのストーカーと知り合いなんですか?」
「ああ。ギンタとは中学校で同じクラスだったんだ。こいつがストーカーってのは何かの間違いだと思うぜ。なにしろギンタは人畜無害が服を着て歩いてるような、ノミのように肝っ玉が小さい男だからな」
「信じてくれるのは嬉しいけど……なんだろう、この拳を震わせる激情は」
何はともあれ、一年ぶりに出会った旧友・ユカの登場により、ギンタは無事に誤解を解くことが出来たのだった。
(ここまできたらナイトメアにも会ってみたかったな)
そんな心残りもありつつ、ギンタはようやく警察から解放された。
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