第26話 再出発

年が明けるとすぐに

仕事で海外出張に旅立つことになっていた。



引越し準備の荷造りも中途半端なまま

日本を飛び立つ私は

自分で引っ掻き回した混沌から

逃避するかのようだ。



出発の直前になって、

一旦封を閉じた引越しの段ボール箱を開け、

誕生日にあの人からもらった

薄ピンクのマフラーを取り出した。


はるか雲の上を飛ぶ飛行機の中で

あの人の温もりを巡らせるかのように

両腕でぎゅっと抱き締めていたんだ。




仕事のあの人はメールだけになってしまったけど、

彼氏は出発の日も帰国の日も

仕事の休みを取ってくれて、

空港まで車で送迎してくれた。


彼氏が運転する車で空港まで向かいながら

遠く離れるあの人を、

ドアガラス越しに見上げる大空に

想い描いていたんだ。




ほんの一週間程度だったけど

朝と夜が互いに逆転しちゃう二人だったから、

私が寝る前に

あの人へのおはようを送り、

私が朝起きると

あの人からおやすみが届いていた。


あの人とも彼氏とも遠く海を隔てて

メールを積み重ねたんだ。




帰国したこの部屋には

買ったまま手をつけていない家具と

荷造りした段ボール箱が

片付けられることなく積み重なっていた。



この恋の喧騒は

やっぱり幻ではなく現実だったんだ。




「引越し今日だよね? 手伝おうか?」


あの人もちゃんと覚えていてくれて、

最後の最後まで

唐突な引越しの理由を

問いただすこともしなかった。



彼氏との別れと同じように、

あんなにあの部屋に馴染んでいた私の荷物なんて

いともあっけなく運び出されていった。


彼氏と一緒に居たこの部屋は

独りで過ごすにはこんなにも広かったんだ。


私の荷物だけが淡々と運ばれていくこの部屋には、

私がいつでも来れるように

ダイニングテーブルにイスが二つ、

クローゼットの引き出しにも

私の服を入れておく場所が一つだけ残してあった。




あの人には

綺麗に着飾った仕上がりの部屋を見せたかったから、

やっぱり結局引越しは彼氏に手伝ってもらった。




まだ生活感も何もないこの部屋で

新しいベッドを私と一緒に組み立てる彼氏は、

これから私とあの人が愛を育む場を

一つまた一つと組み立てたんだ。


この時は涙も文句も何一つ見せず

黙々とこの偽りの部屋を作り続ける彼氏は、

この日を境に

二度とこの部屋に立ち入ることはないのだろう。


そんな背中を私はずっと見つめていたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

TYPE B @BALmf

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ