第25話 恋人の時

ありきたりなデートさえも

まだしていなかった私達だったから、

年明けにあの人が誘ってくれた初詣は、

飛びっきりの冒険だった。


ただ腕を組んで

何気ない日中の道を歩くだけで

身体中に幸せが駆け巡った。




まだまだぎこちない

あの人のがっしりした腕と

私の細い腕は、

きっとこれから滑らかに埋まっていくであろう

恋人の証だった。


手を繋ぐより腕を組むほうが好きだという人。




初詣での神社で

可愛い小さな恋人同士のお守りを

ペアで買ってくれて、

ベッドの上に置きっぱなしの私と違って

きちんと通勤バッグの内側に付けている人。



初詣でおみくじを選ぶ時、

迷っているあの人に

私が子供用のおみくじをからかって勧めたら、

「俺が勧めようとしてたのに!」

可愛くすねる人。



私がお賽銭を入れやすいように、

「命中力なさそうだからな」


そうやってからかいながらも

さりげなく前に連れてってくれた人。




初売りに行く車の中で、

誕生日プレゼント何が欲しいって聞くから、

「あなたが欲しいよ」

半分本気で答える私に、

男は誰でも無責任に、

「全部あげるよ」

そんな風に簡単に言う。


案外真面目に、

「俺の身体はあげられないけど心は全部私のものだよ」

あの人の言葉で真摯に言ってくれた人。




もういい大人なのに

雑貨屋で勝手にかくれんぼして、

なかなかあの人を見つけることが出来ない私を

影から見てる人。


パンツを買う時

私に柄を選ばせてくれた人。



私の誕生日だからと

カフェでケーキをご馳走してくれて、

「もうすぐ春休みの季節になって仕事が忙しくなるな」


そんなあの人に

少し寂しくなって黙りこんでしまった私に、

気休めの優しい言葉なんか無しに、

何も言わず黙って傍に居てくれた人。




帰りの車の中で

名残惜しそうに

あの人の腕と手にしがみつく私に、

「指導員は運転上手いんだからね」


キラキラの笑顔で得意気に笑って、

右手だけで運転して、

その左手を

家の前に着くまで

ずっとずっと私に独り占めさせてくれた人。

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