小さいアゲハが飛んだ
光ノ宮 時生
第1話
夏風がそよぎ始めた5月の初め5月最初の日曜日、日比野 凛人(ヒビノ リント)は山手線に乗っていた。まだ5月の初めなのに車内はとても暑く、おまけに色々な匂いでぶり返していた。オーデコロンや香水、汗に加齢臭。凛人は眉間にしわを寄せ、春物の黒いコートの袖で口を覆った。
「酷いな。」
目を狼の様に細め、周りを見渡した。山手線は上野駅に到着した。それを確認し次第、凛人は逃げる様に電車を降りた。上野駅の裏口改札から出てきた凛人。5月の上野公園。桜は既に散っておりその跡もない。しかし、強い日差しに照らされた青々とした木々が初夏の風に吹かれていた。そのそよ風に吹かれながら凛人はある所へ向かっていた。公園の端の信号を渡り目の前に大きな建物が見えた。上野国立博物館だ。チケット売り場で大人1人分のチケットを購入し、警備員にそのチケットを提示して中に入る。まるで餌にかかった魚の様に凛人は本館に吸い込まれて行った。中央階段を上り、本館の一番端の部屋に入る。その部屋は誰もいず、静かで薄暗い。外の暑さすらも忘れさせる程に涼やかだった。凛人はその部屋のとある展示物を見る。それは、国宝の土器や、宝石の飾り物でも無く。昔の資料や、道具でも無かった。絵だ。二十代前半の彼を夢中にさせる物。それが、凛人の目の前にある絵だ。
「綺麗だな。」
その絵はガラスケースに入っていて、壁に吊される形で展示されていた。その絵、それは黒い背景に白く輝く胡蝶蘭。そして、それに止まる小さい黒と水色の羽を休めたカラスアゲハの絵だった。カラスアゲハは博物館の薄く、優しい照明に照らされ、黒い背景には所々金色の光がまぶされており、光によって反射し、より一層絵を妖艶に輝かせていた。
これを見るのが最近の凛人の日課になっていた。
小さいアゲハが飛んだ 光ノ宮 時生 @takuse
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