【エピローグ】ハインツのリポート
────理事長室。
「数日、現場に留まりましたが、ブラックマント出現とその報告はありません。原因となるモンスターを排除したものと判断し、帰還した次第です」
涼し気な表情で胸を張るハインツの前で理事長席に腰を掛けたまま、理事長マルガリータ=マルカーキスはそっと安堵の息を漏らした。
「ええ、ご苦労様。第三州からも、多大なる御礼の言葉が届いておりますわ」
「それもこれも、ロンさんからの情報提供のおかげですね」
「それはどうだか……」
ロンフォードの名前に、眉を潜めて頬杖をつく理事長。
「それで? 自警団から報告のあった少女の件はどうですの?」
「はい。地下室を調べたところ、ダイームアグニヴィッルダエードと名乗る傀儡使いの、大量の日記帳が見つかりまして……」
そこには、傀儡使いが如何にしてプーリィドン村の村人全員を、地縛霊と化したかが、自慢気に綴られていたらしい。
村に病原菌を密かにばら撒き、治療と称して吸血と霊体化の儀式を行うのが彼の常套手段だったようだ。
そうして潜り込んだプーリィドン村で、傀儡使いは一目惚れをする。
村娘のハンナ=ミゲルニクスだ。
「彼は彼女を、生涯の伴侶にと、考えたようですね」
「魔物が人間を伴侶にですって?」
「彼はもともと、人間だったようです。ジョーイ=スタニッシュという名の」
だが、村人が次々と消え行く中で、ハンナが精神的不安定に陥ってしまったらしい。
奇行に走るハンナへの失望から、傀儡使いのジョーイは村人全員の霊体化に踏み切ることにしたようだ。
村を死滅させ、完全な支配下に置いた後は、傀儡たちを操って街道を行く旅人たちを森の中に誘い込み、その生き血をすすって生きながらえてきたというわけだ。
当時、行方不明者の捜索に何度か調査隊が村にまでやってきたこともあったようだが、原因を究明できないどころか、調査隊にも被害が出たことで、早々に打ち切りになったのだとか。
そうしたことも、ジョーイの日記には克明に記されているらしい。
「そんな魔物の巣食う村に、どうして生身の少女がたった一人、暮らしていたのかしら?」
「はい。6年前、盗掘を生業とする夫婦がプーリィドン村を訪れたようです」
「……では、彼女はその夫婦の娘?」
「ええ、そのようです。傀儡使いの日記によると、当時は1歳にも満たない赤ん坊だったとか。そして10歳未満の人間の生き血は、十分な魔力にならないのだそうです。また、未発達な知能では、傀儡の霊体としても使えないと」
「1人だけ生命を助け、大きくなるまで育てていた、というわけかしら?」
「そのようです」
「しかも、自身がお気に入りだった過去の村娘の名前をつけるだなんて……」
アスタたちが見た通り、ハンナの世話は傀儡たちに任せていたようだ。
それでいて、文字の読み書き・テーブルマナーなどを含めた教育もきちんと施している。
「それは……考えたくはありませんが、彼女が成長した暁には伴侶とするつもりだった、ということもあり得るのかしらね」
理事長の言葉に、ハインツは微笑を浮かべて肩をすくめるだけだった。
やがてハンナが大きくなり、聞き分けができるようになると、手紙を使って一番近い村へ買い出しに何度か行かせていたようだ。
「地縛霊だけであれば、食料は必要ありません。ですが、彼女には食料が必要です。ハンナを育てるために、顔だけ精巧な傀儡を一体作成し、当初はその傀儡に食料の買い出しを。やがて彼女が大きくなると、ハンナも同行するようになったと。実際、買い出しをしていた村では、毎月2回、決まった時間に少女と男がやって来ていたと、証言を得ています。彼らは、定期的に街道を行く旅商人だと聞いていたようですが」
「脅しを交えて支配的に彼女を操っていた、というわけですわね。看過できない所業ですわ」
こうしてハンナを育てながらも、付近の村にも第三州にもばれることなく、プーリィドン村で100年を過ごした傀儡使いのジョーイ。
だが彼の”庭園”にも、終わりが訪れる。
それが、ブラックマントの出現だ。
「ブラックマントはプーリィドン村のすぐ脇の巨木を寝床にしていましたが、あれはあくまで寝床のひとつだったようです。寝床が複数存在したことが、傀儡使いがブラックマントの存在にすぐには気づけなかった原因となったようですね」
それに気づいた日の日記が、ブラックマントに向けた呪詛の言葉で綴られているという。
ブラックマントのせいで、傀儡使いのジョーイは半年近くも、人の生き血を吸えずにいたらしい。
「日記を見ると、彼は3ヶ月ほどの間隔で、人の生き血を吸っています」
「半年は長かった、ということかしらね」
「ええ。それによって魔力が低下していたことが、彼自身によるブラックマント討伐の決断を鈍らせたひとつの原因のようですね」
魔力が万全であれば、恐れるほどでは無いと、強がっていたようだ。
だが、魔力が足りない状況で失敗すれば、それは死を意味する。
ハンナの生き血を吸うことも、何度も考えたようだが……。
「それを実行する前に、彼が選択したのが、今回の計画です」
────ハンナを大きな街へ使いに出し、少数の人を呼び寄せ、ブラックマントと対峙させる。
もし仮にブラックマントを仕留められなかったとしても、その中の1人でも生き血を吸うことができれば、魔力が蘇る。
それでも魔力が足りない時には、再びハンナを使いに出せばいい。
だが、付近の村はハンナを養うのに必要だし、土地勘のある者たちにプーリィドン村の存在を知られたくない。
であるならば、遠くの街だ。
まずは北のマルカグラードとかいう、大きな街へ……。
ただし、「ブラックマントを討伐してほしい」と頼めば、下手をすれば大人数の討伐隊となり兼ねない。
相手はなにせ、狂化モンスター。
愚かな人間どもは恐れおののき、羊のごとく群れるばかりだろう。
大人数で庭園に押し寄せたならば、ブラックマントは討伐出来ても、廃墟と地縛霊でプーリィドンの存在が再び世に知れ渡ることになるやもしれぬ。
そうなれば、我が儀式もままならぬ……。
仮に事態が沈静化し、以前のように旅人を襲ったとしても……人数が多ければ、我が庭園を疑う者が現れても不思議はない。
ならば、訳のわからぬモンスターを倒してほしいと言えば、どうだ?
好奇心が強いだけの頭の弱い愚か者が数人、ひっかかるに違いない。
愚か者がミイラとなって発見されようと、ブラックマントの仕業と思われるのが関の山……。
「自分のテリトリーに引き込んだうえ、ブラックマントとの戦闘で傷つけば、有能な戦士たちからでも簡単に血を吸い取れると考えていたようです。村人を霊体化したと同じように、治療と称して」
「今となっては、その考えも浅はかでしたわね。……しかし、猫のぬいぐるみに化けて、彼も一緒にここへ来ていたのでしょう? どうしてマルカグラードで人を襲わなかったのかしら?」
「生き血を魔力に変え、犠牲者を上手く霊体化するには、手の込んだ儀式が必要なようです。儀式をしなくとも多少は魔力とできるようですが、街で吸血をすれば騒動にもなります。それが引き金となって、自身の存在に気づかれるリスクを避ける意味合いもあったかもしれません。100年前に、治療をするのに場所が必要だと偽って、プーリィドン村役場の地下室を手に入れたのも、同じような理由でした」
「なるほど、すべての揃った庭園に引き込む必要性が大いにあった、というわけですわね。……ふふふ、強欲にして傲慢不遜。誰かさんソックリですわ」
自嘲気味に笑うと、理事長マルガリータはこめかみに人差し指を当て、首を小さく横に振った。
「イスパンによる300年に及ぶ治世にも、民衆の不遇の種を根絶やしに出来ぬまま」
「世の中とはそういうものです、理事長。すべての災の種を摘もうなどとは、お考えになられぬ方がよろしいかと」
「ええ、わかっておりますわ。……ひとまず、今はまだ、彼女の出自については伏せておくべきかしらね」
「はい、僕もそう思います。それと、
「……未来ある子どもたちに投資するのが、一番でしょうね」
「なるほど、さすがです理事長」
ハインツが深々と頭を下げる。
理事長は小さく鼻息をつくと、スッと背筋を伸ばした。
「この件は以上に致しましょう」
聖騎士養成都市マルカグラード。
今はまだ小さな灯火も、そこに集えば、やがて確かな希望の光となるだろう────。
<『死せる村の暴言少女』 完>
死せる村の暴言少女 みきもり拾二 @mikimori12
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