【最終話】新たな朝


 ────あれから数日が過ぎた日の朝。


 ロンフォードの研究室の玄関ドアを、コンコンとノックする音で、アスタは目覚めた。

 時計に目をやり、頭を掻く。

 こんな時間に来るといえば……ツケの取り立てか、理事長ぐらいだろう。

 プーリィドン村から戻って以来、どうにも気分が沈んだ日々が続いている。

 ずっと頭がモヤモヤしてて、スッキリしないのだ。

 そんなわけで、面倒な相手なら出たくないし、できればもう少し布団の中でボンヤリしていたい。


 ソファを覗き込むと、ロンフォードは古びた掛け布団にくるまるようにして眠っている。

 まだまだ、起きそうにない。

 確か、来客の用は聞いていないし、このまま居留守を決め込むのも、アリかな……。


 コンコンコンッ。


 ……どうやら諦める気配がない。

 出てこいと言わんばかりのノックだ。


 アスタは掛け布団のぬくもりを惜しみながらも、モソッとばかりに腰を上げた。


「……はい、どなたでしょう?」


 ギイっとドアを引き開ける。

 と────!!


「アスタお兄ちゃん!!」


 勢い良く、アスタの腰に抱きついてきた少女。

 その、亜麻色の髪にオリーブ色のポンチョを羽織った姿は────!


「……は、ハンナっ!? まさか、ゆゆゆゆ、ゆ、幽霊っ!????」


 腰が抜けたように、ドシンと尻もちをつくアスタに、ムウっとハンナがむくれてみせる。


「もう、ユウレイじゃないってばぁ……」


 そう言って、きゅっと首筋に抱きついてきた。

 柔らかなぬくもり。

 それに、石鹸の香りがかすかに漂っている。


「は、ははは、は……ほ、ホントに、ハンナ……?」


 乾いた笑いを浮かべるアスタの目の前に、シャーリス巡査が姿を現した。

 玄関の外には……ロバのバートンの姿もある!


「幽霊じゃないってば、アスタくん」


 数日前に別れた時とは別人のように、ニコニコ顔だ。


「さっきね、マルカグラードに戻ってきたばかり。どうしてもすぐ会いたい、って言うから、連れて来てあげたのよ」


 まだ信じられない、といった様子のアスタだが、その小さな身体をそっと抱きしめる。

 こんなに小さかったっけ……なんて思わずにはいられない。


「えへへ、アスタお兄ちゃんのにお~い」

「ハンナちゃん、あれを見せてあげたら?」


 シャーリス巡査の言葉に、ニコニコ顔でハンナがそっと身体を離す。

 そして、「これ」といってポケットから四つ折りになった便箋を取り出した。

 あの、ダイームアグニヴィッルダエードの手紙に使われていたやつだ。


 不思議そうな表情でアスタは受け取ると、便箋を開いてみる。

 そこには、見慣れた文字で……。


「『朝 起きたら 友だち連れて

  猫のジョーイ と かくれんぼ。

  鐘の 聞いても 顔 出すな。』」


 と書かれてあった。

 思わず、ハッとばかりにソファで眠るロンフォードを見る。


「猫のジョーイはね、教会のステンドグラスが嫌いなの。朝日がキラキラ差し込むから」


 そう言って、ハンナはニッコリと笑った。

 なるほど……バートンと一緒にずっと教会の中にいたのか……。

 ようやく、アスタにも、心の底から安堵が広がっていく。


「この子ね、私がしばらく面倒を見ることになったの。時々、アスタくんのところに遊びに来させてもいいかしら?」


 照れたようにアスタのことを見るハンナ。


「ああ、もちろんさ」

「えへへ、やったぁ♪」

「それとね、新しいお人形が欲しいそうよ」

「……あ、お誕生日おめでとう。遅くなっちゃったけど、プレゼントでも一緒に買いに行こうか?」


 ちゃんと助けてあげられた……。

 相変わらず、ロンフォードを頼りっぱなしだけど。


 微笑んでみせるアスタに、ハンナは嬉しそうに「うん!」と大きく頷いた────。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る