三匹のブタ

ゆきお たがしら

第1話

「シャットン、ご先祖様の“猪八戒”《ちょはっかい》はどんな人だったんだ?」

「どんな人?! バカ、ワトトン過去形を使うな。じいさんは、まだ生きてるよ。“孫悟空”《そんごくう》とかいう赤目をした雷面の歯をむき出した奴と、“沙悟浄”《さごじょう》という恐ろしく陰気な妖怪に頼まれて、仕方なく旅をしているらしい。」

「シャットン。じいちゃんは、強いんじゃないのか。」

「そうだよ、チイトン。その気になりゃ、二匹なんぞ片手でひねり潰せると言ってたぜ。」

「凄えな。」

「でも・・・。そんなに強い人が、どうして仕方なく旅をしているんだ。シャットン?」

「そこが、僕にもよく分からないんだ。別に、二匹と行く理由もないと思うのだが。」

「う~ん、よく分からないね。」

 三匹は大通りに出ると、先を急ぎます。石造りの道の両側には同じ間隔でガス灯が立ち並び、大きなポプラの木がやはり左右にガス灯の間を埋めるように植えられていました。

 街は夕方にはまだほど遠いというのに暗く、吹く風にポプラの落ち葉が舞っています。シャットンは二匹を見ると話を変えて、

「そういえば、じいさんは俺たちに早く結婚しろと言ってたな。」

「へえ、そんなこと言ってるんだ。でも、シャットンは女嫌いじゃなかったのか?」

「バカ。チイトン、そんな事はないさ。」

「どうして、そんな事はないんだ。」

「僕は女性が嫌いだとは言っていない、ただ苦手なのさ。」

「へえ、そうなんだ。ワトトン、どう思う。」

「はっはっは。シャットンのことだから、たぶんそうなんだろう。しかし、何でじいさんは僕たちにそんなことを言うんだろう。シャットンは二十、僕が十八でチイトンは十五だっ。どうして、早く結婚しなくてはならないんだ?」

「じいさんが言うには、今の若いもんは早熟だからだとさ。」

「はっ、そんな理由か?! ところで、じいさんは何歳だけ?」

「たぶん、一万歳? いや、もっといってるかもしれないぞ。」

「そんな年寄りが、どうして?」

「年だから、早く俺たちの孫の顔が見たいんだとさ。」

「ばかばかしい。それじゃ、じいさんが結婚して自分の子供の顔を見たらいいんじゃないのか。それだったら、孫と同じだろう。」

「確かに、それは言えるな。」

 三匹は、腹を抱えて笑っていました。

 秋風の中でシャットンは鹿撃ち帽をかぶり直すと、インパネスコートをひるがえして大股で歩きます。弟のワトトンは山高帽を生真面目にかぶると、地味な三つ揃えのスーツに身を固めていました。チイトンは肌寒いのに、末っ子らしくジーンズにポロシャツといったラフな格好をしています。三人は長くて真っ直ぐな通りを、ドンドン進んでいきました。

「それはそうと、じいさんの孫って何人くらいいるんだ?」

「たぶん、一千万くらいいるんじゃないのか。」

「一千万?」

「チイトン、別に驚くことじゃないさ。ブタ族は、多産系だぞ。」

「それじゃ、嫁さんは何人いるんだ。」

「まあ、ひとりが十人子供を産んだとして、百万人くらいはいるだろう。」

「アホらし。」

 ワトトンはバカなことを聞いたと悔やんでいましたが、

「シャットン。そんな事はどうでもいいから、依頼のあった三匹の子豚さんを早くたずねよう。」

「分かった、至急ということだからな・・・。しかし、歩ける距離ではないぞ。どうするか?」

「シャットン、早く行かないと悪いよ。」

「チイトンの言うとおりだ。シャットン、早く車を見つけて急ごうじゃないか。」

「そうだな。だが、こういう時に限って一台も来ないことが多い・・・。」

と言ったものの、どんよりとした道を歩きながらシャットンは風を嗅いでいました。

「まあ、兄貴。一台も来ないことはない。たぶん、来るさ。」

「そうだな。お前の言うとおり、じきにやって来る。」

「どうして分かるんだい、シャットン?」

 チイトンはシャットンの自信ありげな言葉に、首をかしげます。しかし嘘のように、ワトトンが遠くからやって来るハイヤーを見つけ素早く手を上げていました。シャットンはチイトンを見て、

「すぐに、来ただろう。」

と、笑いながら言います。

「なんで、わかったんだよ?」

 チイトンは、不思議そうな顔をしていました。

「偶然だよ。」

と、ワトトンがからかって言います。シャットンはワトトンにウインクすると、チイトンに

「運転手さんは、スカンクだ。」

と、さも自信ありげに教えていました。

「なんで分かるんだよ?」

 シャットンはイタズラっぽく、

「僕たちに向かって、風が吹いてただろう。つまり、風の臭いさ。」

 シャットンの言葉を取って、ワトトンが言います。

「つまり、兄貴はスカンクさんの臭いがしたということさ。やって来たぞ、チイトン運転手の顔を見てみろ。」

 ハイヤーが、三人の前で音を立てて止まりました。チイトンが運転席を見ると、スカンクです。スカンクは運転手帽を深めにかぶり白いシャツに黒のチョッキで蝶ネクタイを締めていて、素早く降りると後ろのドアを開け頭を下げていました。

 三匹は乗り込むと、ワトトンが押し殺した声でチイトンに、

「どうだ。シャットンの言うことは当たってただろう。」

と言っていました。車が走り出すと、

「ちょっと遠いんだけれど。北の郊外までお願いしたいんだが、大丈夫かなぁ。」

 シャットンは、運転手にたずねます。

「大丈夫ですよ、お客さん。それで、北のどちらへ?」

「小麦の村まで。」

「田舎に行かれるんですか?」

「まあ、そういう事。急いでくれる!」

「分かりました。」

 走り出すと、ハイヤーはスピードを上げます。

「そんなに飛ばして、燃料は大丈夫?」

「大丈夫ですよ、心配なく。」

 運転手のスカンクはニッコリ笑うと、直線はもちろんカーブだろうとなんだろうと飛ばしまくります。ワトトンは気分が悪くなったのかハンカチーフで口を押さえていましたが、いっこうに気にしないチイトンは面白いものを見つけたようで、

「変わった座席だねぇ、運転手さん。」

 言いながら、じろじろと見ていました。

「ああ、これですか?! 自分で、燃料を補給しているんでさぁ。」

「もしかして、ガス?」

「そうでがんす。しかし完全密閉ですから、車内にもれることはありません。大丈夫でさぁ。」

 三匹は窓から飛び去る風景を眺めていましたが、チイトンが突如、

「なんだ、そういう事か!」

と声を出していました。

「今頃、分かったのか?!」

 ワトトンが笑っています。

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三匹のブタ ゆきお たがしら @butachin5516

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