涼宮ハルヒの永遠

唯希 響 - yuiki kyou -

プロローグ

 さて、毎度のことながら導入は季節の話から。

 四季というものは、どうにも我々の思い通りにはいかないものであるらしい。あれほど過ごしやすかった桜の咲く季節は何処へやら。早朝の恒例ハイキングは5月にもギリギリなっていないというのに、もうすでに汗だく行事と化し、教室ではいまだに行われていない衣替えに疑問を投げかけるように男子生徒のほとんどが自分の席に常にブレザーを置き去りにしている。異常気象も常に続いたとすればそれは通常ということになるのだろうか。

「さて、それはどうでしょう。その問題は、僕らには他人事じゃ済まされない課題かもしれません」

 突然に投げかけてもいない疑問に答えるのはやめてくれ。声のした方に振り向くのも億劫なので振り向かないが、そういえばもうそろそろこいつとも一周年になるのかというニヤけ隣人。SOS団副団長、古泉一樹が意味深なことをいっている。それはどういう意味だ。

「そのままの意味ですよ。問題です。僕らが過ごす世界は日常、非日常、さてどっちでしょう。そういうことです」

「……んなもん、決まっている。有無を言わせず非日常だ」

 腐っても俺はまぎれもない一般人だ。デカイ手足が生えた青いミドリムシみたいな巨人に襲われても、委員長宇宙人にナイフで命を狙われても、永遠と夏休みを繰り返しても、ジングルベルの季節に世界が丸ごと変換されて自分だけが取り残されても、宇宙人、未来人、超能力者と同じ部活で遊び呆けていても、世界が分裂して、そして融合しても、俺はこれだけは譲らん。

「あなたも頑なですね。そんな一般人、創作を除き、森羅万象どこを探してもあなたしかいないと僕は思うのですが。そうなると、あなたは少数精鋭であり、同時に一般人という誠に不思議な存在ですね」

 うるせぇ、俺はそれでもノーマリズムでいたいんだよ、夢ぐらい見させろってんだ。

「失礼、失言でした」

 おい、古泉。謝罪は言葉でなく心でするもんだぞ。そのニヤけ顔で謝罪されて誠意を感じれる奴は宇宙人よりも珍しい存在だと思う。

 窓際、定位置でハードカバーのSF小説に目を落とし続ける、短髪少女に目を向けながら俺はそんな風に思う。長門有希。思い出せばキリがない、俺がお世話になりっぱなしの対有機ナントカカントカの宇宙人少女でありSOS団団員その一だ。

「…………」

 すると、珍しく顔を上げた長門と目があう。かなり長い時間そのまま動かなかったので不審に思い「なんだ?」と問いかけようとする前に読書に戻ってしまう。心なしか、何か俺に言いたいことがあるような気がしたのだが、気のせいだろうか。まあ、用事があれば長門のことだ。いずれ話してくれるだろう。

「キョンくん、古泉くん、どうぞ」

 そして今この空間にいるもう1人の人物。せっせとお茶を配給している未来人ウエイトレスであり、俺の人格洗浄機とも形容しても過言ではない。SOS団団員その2の朝比奈みくるさんである。三年生になってもあまり変わらないその美貌を見ていると、果たしてここからいったい何年経てばあの朝比奈さん(大)になるのかとても気になるね。まあ、誰も教えてはくれないだろうが。……いや、もしかしたら長門あたりに聞いたらわかるのかもしれない。両方とも会っているわけだしな。……というより、そういえば古泉も記憶に新しい数日前、朝比奈さん(大)との邂逅を果たしていたんだったな。朝比奈さん(小)が朝比奈さん(大)に会うという胃に穴があきそうな事柄を除けばSOS団団員はみなあの人に会っているというわけか。ちなみにハルヒはいうまでも除外だ。そんなおそろしいこと考えたくもない。とにかく長門には覚えていたら今度朝比奈さんの年齢に対する見解を聞いてみるか。朝比奈さんの居ないところで。

 世界が二つに分裂していたところで団員増員大作戦が実を結ぶことがなかった我らがSOS団は、クラス替えという制度をほぼ失念している2年5組よりも代わり映えしないメンツで構成されていた。そりゃそうだ人数にも顔ぶれにも変化が一切ないからな。

 一部のイレギュラー、涼宮ハルヒの分身、渡橋ヤスミもあの一件以降雲隠れしてしまった。案外、またひょっこり現れるんじゃないかとひやひやしている。まあ、しかし、あいつとはまた会いたい気がしないでもない。いや、やっぱり心臓に悪い。

 ちなみに佐々木とは一連の騒動が済んだ直後のあの挨拶。あれっきりだ。まあ、無理に会おうとする理由もないし、いずれくる同窓会で顔を付き合わすことにはなるだろう。

 今ここにいない我らが団長様、先ほどからちょくちょく名前が挙がっている涼宮ハルヒは、放課後になるや否や、一目散に教室を飛び出しどこかへ行ってしまった。

 やれやれ、ハルヒが何かをしているときはほぼ確実に、十中八九どころか百発百中、俺にとって穏やかであることがないので、太陽が5つぐらいならんだような笑顔でこの後部室に駆け込んでくるに違いない。ただでさえ蒸し暑いのにこれ以上の気温上昇は勘弁していただきたいものだ。


 世間は明日からゴールデンウィーク。去年はまだSOS団がまだ結成さていない頃か。毎年ゴールデンウィークは親戚で集まるのだが、今年はそうもいかないだろう。……一年も経てばさすがの俺でも予想ができるさ。掃除当番でもないのに今ここにハルヒがいないことと、SOS団のゴールデンウィークの予定がおそらく関係しているんじゃないかってことぐらいはね。

 まあ、嵐の前の静けさを静けさとして大切にできるようになったのも俺のこの一年の成長なのかもしれない。アルバイトの休憩時間みたいなもんだ。


 しかし、俺はその休憩時間にもかかわらず、心中は穏やかではなかった。それはさしあたっての数週間後に来るSOS団一周年記念日サプライズのことに頭がいっぱいだったからだ。こういう時に役に立ちそうな古泉からは全てを丸投げされてしまったし、朝比奈さんにだってろくなアドバイスは期待できないし、いつも事件が起きるたびに大活躍な長門だって、今回に至っては除外だ。


「……やれやれ」


 つい呟いてしまう俺の親友様から伝染された口癖をつぶやき、団長様への一周年記念アニバーサリープレゼントの捻出にとりあえずの保留を言い渡した。

 まだ時間はあるのだ。どうせ忙しくなるゴールデンウィークを堪能してからでも別に遅くはないだろ?

 


 だがしかし、俺は気づくことができなかった。この後、SOS団に降りかかることになる出来事は嵐どころかビックバンレベルの衝撃を俺に、そして他の団員に、そうして意外にもその矛先はハルヒにも向くことになるなんて。

 話はそうだな、とりあえず部室に太陽が9つ並んだような笑顔とともにハルヒが入ってきたところから始めよう。





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