罪の告発

 その手紙が初めて届いたのは、一ヶ月前のことだった。

 封筒にもいれられていない、白いコピー用紙が二つ折りにされて、アパートのドアポストに差し込まれていた。

 黒い大きな文字で「罪を償え」とだけ印刷されていたそれを、綾香は一瞥してすぐゴミ箱に捨てた。

 宗教勧誘のチラシのたぐいか、と思ったせいもある。だが、それ以上に、その時の綾香には紙一枚を気にしていられる心の余裕がなかったのだ。

 黒いパンプスを脱ぎ捨ててベッドに潜り込む頃には、もう気持ち悪いチラシのことなど綾香の脳裏からは消え去っていた。


 二通目が届いたのは、それから一週間がたったころだ。

 前回と同じく、白のコピー用紙に黒い大文字で、今度は「罪を認めろ」と書かれている。

 また宗教勧誘か、とうんざりして、しかしその紙面のどこにも教会名や連絡先が書かれていないことに気づいた。どうやらこの謎の手紙は宗教勧誘のチラシなどではないらしい。

 だが、綾香はこの手紙を再びゴミ箱に放り込んで無視を決め込んだ。

 彼女には、この告発にまったく心当たりがなかった。それに、「罪を認めろ」とは言うが、「さもなくば……」などといった脅迫のたぐいは一切書かれていない。ならば今対応しなくとも大した害はないだろう。


 そして、さらに一週間後、三通目が届いた。

 文面は、「人殺し」。

 それを目にした綾香は、今までの二通同様、すぐさまそれをゴミ箱に投げ捨てた。

 そして嘔吐した。三通目にいたって、綾香は差出人の言う『罪』をようやく理解した。

 だが、受け入れることはできなかった。

 手持ちの中で最も大きいカバンに身の回りの品を詰め込むと、綾香はその夜のうちに部屋を飛び出した。


 四通目の手紙を綾香が受け取ることはなかった。


 五通目の手紙は、今、私が書いている。

 しかし、それを彼女が読むことはない。彼女はビジネスホテルの寝室で、すでに事切れているからだ。

 口に大量のチョコレートを流し込まれて窒息死した滑稽な死体は、じきホテルの従業員に発見されることだろう。

 綾香は知らなかった。恋人がピーナッツアレルギーであることも、そのアレルギーがひどい呼吸困難を伴い、死に至る危険があることも。

 知らずに、チョコレートにピーナッツを混ぜて渡し、恋人は知らずにそれを食べた。そのせいで、恋人――私の兄は死んだ。

 兄が死んだ時、綾香は私とルームシェアをしていた部屋で、泣いていた。

 どうして急にこんなことに、と目を真っ赤にして泣きはらしていた。

 彼女は何も知らなかったのだ。もしも兄のアレルギーを知っていたら、こんなことにはならなかったに違いない。

 だからこそ、許せなかった。

 兄のことを何も知ろうとしなかったことも、何も知らずに被害者面で悲しんでいることも、許せなかった。


 ドアをノックする音が聞こえる。従業員が、いつまでもチェックアウトしない客の様子を見に来たのだろう。

 手紙はまだ途中だったが、仕方ない。

 私はペンを置き、椅子を窓際へ移動させた。椅子の座面に足を載せ、輪っか状にした縄を首にかける。縄の端は、カーテンレールに結んである。

 ホテルの従業員が見つける死体は、ふたつになるだろう。

 私は最期に、ベッドの上で死んでいる親友に笑いかける。


「お兄ちゃんの代わりに、私からの三倍返し、受け取ってよね」


 蹴った椅子が、ごとんと床に転がった。




<了>

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掌編詰め合わせ 紫藤夜半 @yowa_shido

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