最終話 敗北

敗北 1/12 ~もうあと一週間~

 亮太はここの所しょっちゅうおねしょをしている。朝、申し訳なさそうに悠の所にやってくると、パジャマのズボンをくいっと引っ張って、おねしょを知らせるのだ。

 そうすると悠がシーツをはがして、亮太のパジャマとパンツを脱がせて洗濯機に放り込み、布団を干して、亮太をシャワーに送り込む。そしてギリギリの時間に二人で一緒に家を出る。


 実は、亮太が悠の家に来た初めの頃は、よくおねしょをしていた。その頃は「まいったな…これが三か月続くのか」なんて悠は思っていたのだが、ふと気付くと、亮太は全然おねしょをしなくなっていたのだ。

 最近になってそれが急にぶり返したわけだが、以前と違って悠には、面倒だとか嫌だという感情はほとんどなかった。それは、どうせ亮太の世話をするのはあと一週間……と言う事ではなく、亮太の世話をさせてもらえる時間は、もうあと一週間しか残っていないからだ。


「いってらっしゃーい」


 悠の声に背中で返事をしながら、亮太は学校へと向かって行く。悠はアパートの二階の通路から、手すりに頬杖をついてずっとそれを眺めていた。

 亮太は姿勢や歩き方の癖から、左の肩からランドセルがずり落ちやすい。何度もグイッと肩に背負い直しながら、他の子より小さい体でちょこちょこと歩いている。

 あの姿を見られるのもあと一週間か、と考えてから、悠はすぐに思い直した。別に、亮太は遠くに引越しするわけじゃない。このアパートの一階にある、自分の家に帰るだけだ。会おうと思えばいつでも会えるし、あの姿だって、見ようと思えば見られる。


 それでも悠は寂しかった。



 今日は待っている物がある。ある郵便物が届くはずなのだ。水曜日で岡本食堂は定休日。悠はブラブラとコンビニに買い物に出かけた。美味しい飲み物とお昼。今日は料理はしたくない。ちょっと高いものがいい。デザートも欲しい。そう思いながらコンビニの棚を回ったが、いまいちピンとくるものがなかった。


―― 駅のスーパーまで行ってみるか。


 商店街までやってくる頃には、日が照ってかなり気温が上がってきていた。コンクリートの照り返しでジリジリと暑い。なおかつ湿度が高くてムシムシしている。心地よい空気とはお世辞にも言えないが、今日は嫌な気分がしない。


―― この街の夏はこうなんだよ。


 スーパーの中は冷房が効いている。外で汗だくになっていた悠には寒いくらいだ。気持ち急ぎめにスーパーを歩き回って行く。


―― クレープ。あ、いちご入ってる! デザートはコレだな。


―― ラムチョップ安くなってる! 昼はコレだ。さて、飲み物どうしよう。クレープに合わせる? 紅茶かな……。

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