届かないけど繋がっている 7/7 ~罪悪感って何?~

 悠と詩織はその後、無言で食器の後片付けをした。亮太はその間、横田さんに昔話を聞かせてもらっていた。横田さんの話は亮太には難しく、少々退屈そうにしていたが、亮太なりに気を使っているようで、ずっと座って横田さんの話を聞いていた。

 後片付けが終わるともう九時になっていたので、三人は横田さんに別れの挨拶をすると、横田さんの部屋を出た。


 横田さんの家のドアが閉まると、詩織が悠の手を引っ張って庭に連れ出した。

「うわ! 悠、ほら見て見て!」

 詩織に促されて悠が空を見上げると、吸い込まれてしまいそうな漆黒の夜空に金、銀、赤、緑、様々な色に輝く星、そして真っ白な月が浮かんでいた。雲一つない。快晴だ。

「ホントだ……綺麗だな。りょうた、見てみなほら!」

 悠はそう言ってジャン坊の近くにいる亮太を呼び寄せた。

「すげー。夏の大三角だ」

「お、りょうたよく知ってるね。学校で習ったの? 私もう忘れちゃった。どれだっけ?」

 詩織に聞かれて亮太は三つの星を指さした。いまいち良く分からなかった詩織がもう一度聞くと、亮太は再び指さした。だが、さっきとだいぶ位置が違う。本当に分かっているのだろうか。

「悠、ちょっと聞いてくれる?」

 詩織がそう言った。声色から、大事な話である事が悠にも伝わってきた。横田さんの話だろうか、それとも悠についての話だろうか。

「悠のおばあちゃんさ、今どうしてる?」

「ああ……死んじゃった。私の事思い出してくれないまま」

「そう……。私のおばあちゃんさ、いま施設にいるの。認知症が進んで、もう昔みたいな会話はできないんだ。私は生まれた時から一緒に住んではいなくてさ、認知症の事私が知った時には、かなり進んでて。実はもう四年くらい会ってないんだよ。私、おばあちゃんとの楽しい大切な思い出いっぱいあってさ、だから今のおばあちゃんに会うのすごく怖くて。でもさ、悠の話聞いて、私本当に自分勝手だったなって……。最低だなって。会わなきゃ……会って楽しく過ごさなきゃって思った。そう思えたから、今日は素敵な日だったよ」

「……よかった。でも、最低とか言わないの!」

 詩織は悠の方を見ないで笑った。

「うん。本当に素敵な日だったと思うよ今日。だってさ、横田さんも楽しそうだったし、私も大事な事に気付いたし。悠の罪悪感はどう? 消えた?」

 鼻から新しい空気を取り込んで、改めて考えてみる。

「……全然消えない。ぜーんぜん。軽くもなってない。だから、もう諦めるしかないのかも」

 詩織は少しの間黙って空を眺めていたが、その後ゆっくりしゃべりだした。

「よくさ、死んだ人を『星になった』って言うよね。なんでそう言うんだと思う?」

「え? なんでかな……綺麗だから?」

「綺麗だよね本当に。それにさ、星って手を伸ばしても届かないし、絶対にそこには行けないよね」

「え、それが理由なの?」

 悠がそう言うとすぐ、詩織は最寄り駅のある方角を指さした。

「駅があるのあっちだよね。行こうと思えばすぐ行ける。でも間には家とか人とか、物がいっぱいあってさ、ここからは見えないし、今駅がどうなってるかも分からない。でもさ」

 詩織は指を持ち上げて、悠の視線を夜空に放り込んだ。

「今、私達と星の間には何もないよ。本っ当に何も。あんなに遠くにあるのに。絶対手が届かなくて絶対行けなくて、だけど絶対繋がってて、見上げればこうやって二人きりで見つめあえる。死んだ人ってそういう所にいるんだよきっと。悠のおばあちゃん、どの星?」

「え、ん~……じゃあ、あれかな」

「大三角のやつ!」

 すかさず亮太が得意そうに言った。本当に分かっているのか? 悠は思わず突っ込んで聞いた。

「りょうた、本当に分かってんの? 大三角のどの星?」

「一番明るいやつ。下のこっち側のやつ」

 手で左側を示すジェスチャーをしている。迷いがない。この星だけしっかり覚えていたらしい。夏の大三角、底辺左側の角、はくちょう座のデネブだ。詩織もデネブを指さした。

「あれか! 明るくてよく見えるね。今日の悠の事、ずっと見てたと思うよきっと。今も見てるし、これから先も。どう? そう考えたらさ、罪悪感少し軽くならない?」

 詩織と亮太に見つめられながら、悠は黙って考えた。

「……ならない。全然」

「そっか……」

 寂しそうにそう言った詩織に対して、悠はこう付け加えた。

「でもね、詩織の話聞いたらなんとなく、罪悪感をずっと抱えたまま今日みたいな日を繰り返し続ける人生って…案外悪くないかもって思った」

「…そっか」

 悠は亮太の手を引いて、詩織と一緒に階段へと歩きだした。

「ねえ悠、『ざいあくかん』て何?」

「ん? ん~…」

 悠は答えに困った。辞書に書いてあるような事を教えてやってもいいのだが、それよりも、今日悠の中に湧いてきた気持ちを教えてやりたい。今悠の中にある「罪悪感」の意味をどう説明したらいいだろう。

「昔悪い事したから…『代わりに何かしなきゃ』って思う気持ちの事かな」

「何かって何?」

「何か…何か良い事しなきゃってこと」

「良い事しなきゃって気持ちの事なの?」

 あまり正確ではないが、今の悠にとってはこれが一番近い表現だ。


「そうだね。良い事しなきゃって気持ちかな」




第十話 届かないけど繋がっている - 完

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