本音は言えない 7/7 ~前とおんなじ!~
みんなが帰った後、やっぱり悠は一人で片づけていた。詩織は一緒に片付けているつもりだろうが、全く使い物になっていない。
悠はゴミ袋を縛りながら、ふわっと背後に寄ってきた詩織に振り返った。
「あ、詩織。テーブル折りたたんでくれた?」
「うん。でもさ、あれ足が折りたためないよ。だからさ、そのままケースに入れたんだけどさ、どうやっても入んなかった。欠陥商品だよきっと」
悠はテーブルの方に目をやった。折りたたまれるどころか、ほぼそのままの状態で横倒しになり、上に開いたケースが乗っかっている…というか、引っかかっている。
「ああ……じゃあ、コンロの炭を一つずつバケツの水につけて」
「はいおまかせを」
テーブルは全く拭かれていなかった。悠はテーブルを一度起こして拭き、また倒して足を拭き、折りたたんでケースに入れた。
テーブルをしまってふとコンロの方を見ると、詩織は何もせず、手をかざしながらコンロの前につっ立っている。
「詩織? …え、炭、さっきのまま?」
「ん? うん。だってさ、ほら。まだ熱いよきっと」
素手で持つつもりだったらしい。結局悠が、コンロの脇に引っかけてある火ばさみで炭を一つずつバケツにつけた。
*
夜、酔いが醒めた詩織が悠の部屋にやってきた。二人はお互いがバーベキューの間誰とどんな話をしたかを教え合い、みんなが楽しんでいた事を確認した。
亮太に感想を聞くと、「楽しかった」の他に「山崎さんに肉をもらった」「山崎さんがご飯をついでくれた」「山崎さんが、おれがトイレに行きたいのを気づいてくれた」と、山崎さんがらみの話が結構出てきた。
悠は首を掻きながら言った。
「山崎さんにいろいろやらせちゃったんだ。ちょっと悪かったな」
「えーそうかな? みんなの世話焼けて、いろいろ文句つけてさ、それを聞いてもらって、楽しかったと思うよきっと。だからいつにも増して口うるさかったんだよ。私には山崎さん楽しそうに見えたし、みんなと一緒に時間を過ごしてさ、安心できたと思うよきっと」
正しいかもしれないが、後半ずっと酔って肉とビールを渇食らっているだけだった詩織に言われても、気持ちよく納得できない。
山崎さんが今日楽しかったかも安心したかも分からなかったが、とにかくその日の夜、七号室からの悲鳴は聴こえなかったし、物音も聴こえなかった。
*
次の火曜日の朝の事だった。
「ねぇ悠……。ねぇえ。ねぇ!」
悠は亮太の声ではっと気付いた。
「今何時?!」
「八時くらい」
予定の出発時刻をもう一時間以上過ぎている。夢だろうが現実だろうが、取りあえず起きるしかない。悠はすぐに起き上がって、亮太をテーブルに座らせ、その前に食パンと牛乳を放るように置く。
「私もう行かなきゃいけないから」
そう言って出て行こうとする悠を亮太が呼び止めた。
「ねえ待って! ボール紙は?」
今日は図工の授業でボール紙を用意しなければいけなかったのだ。一応段ボールをひと箱取っておいてあるが、指定のサイズに切り取らないといけない。
「サイズ……大きさどれくらいだっけ?」
「えーと、『さんじゅっせんちほう』?」
悠は棚からはさみとメジャーを取り出した。
「三十センチ四方ね」
悠はメジャーで測って印をつけ、はさみで切り始めたが、切れ味が悪いのなんの。「ふんぬ!」と力を入れて何度も何度もはさみを動かし、中指にはまめができてしまった。やっとの思いで切り取ったボール紙を見てみると、三十センチ四方のはずなのに長方形だ。
「あー、間違えた」
悠はもう一度測って印をつけ、もう一度「ふんぬ!」。亮太の方へ投げた。
「ありがと」
「ん」
「おれもう行くね。校庭で遊ぶ約束してるから」
亮太はランドセルを取ってきて、ドアから出ていった。
「行ってらっしゃい」
悠が道具や段ボールの切りくずを片づけてテーブルの上を見てみると、そこにはやっとの思いで切り取ったボール紙が。
悠はドアを「ドバン!」と開けると大声を上げた。
「りょうたああああっ!! ボール紙忘れんなああああ!!」
道を渡っている亮太には聞こえないらしく、振り向きもしない。悠が届けに行こうとすると、七号室のドアが開いて山崎さんが出てきた。
「あんた! うるさいよ!」
表情も、声色も、口調も、以前と全くおんなじだ。でも、それを聞いた悠の気持ちは、以前とは少し違った。
「ごめんなさい! おはようございます!」
「ほら、あの子気付いてないじゃない! 早く行きなさい!」
悠はドアに鍵をかけて亮太を追い、ボール紙を手渡すと、自分も仕事に走り出した。先週と同じく遅刻しているのに、何だか清々しい気持ちだ。山崎さんと気持ちよく挨拶したし、完璧につけ終わったノートもカバンに入っている。
先週と同じように悠が息を切らせながら岡本食堂にたどり着くと、二人のバイトの学生が待っていた。
「ごめん! ごめんごめん! 今週も一時間以上待たせたよね。今開けるから!」
「あ、大丈夫です。あの、俺達そろそろ大学行かないといけないんで…」
もう八時半だった。先週と同じなのに今日は気持ちに余裕があって、謝るのも気持ちがいい。
「あー、マジでごめん。無駄足踏ませちゃったね。あれ、大将は?」
「いるよここに」
学生達の影から大将が現れた。
「あ…………ホントにすみませんでした」
結局今週も、大将と二人で会議する事になってしまった。
「悠、この前言った本に書いてあったやつなんだけど…」
「はいはい」
悠は苦労してつけたノートを気持ちよくカバンから取り出した。ところが、ノートをテーブルに乗せた瞬間、「ドカドカッ!」と三冊の本がノートを押しつぶした。電話帳並に分厚く、表紙からすると、何かのカタログのようだ。
悠のいい気持ちは吹き飛び、もう嫌な予感しかしなかった。
「内装の工事なんかしなくても、オシャレな小物で雰囲気出せば、それだけで収益が一割上がるらしいぞ。予算内でそれから選んで、店全体コーディネートしてくれよ」
「その本今すぐ燃やしてください」と、本音を言うわけにもいかなかった。
第八話 本音は言えない - 完
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