本音は言えない 6/7 ~山崎さんは期待に応えない~

 バーベキュー当日の朝、悠と詩織は大忙しだった。まずは食材の買い出しをしなければいけない。ノートつけと引き換えに大将からもらった食材もあったが、それでもまだ足りなかった。

 買い物はかなりの量になり、自転車に積もうとした時始めて二人は、一度では運びきれない事に気付いた。結局、悠が一旦一人で運び、その間詩織が荷物番をして、戻ってきた悠と二人で残りの食材を運ばなければいけなかった。


 二人が帰ってきた時はバーベキュー開始予定時刻二十分前になっていた。大慌てで悠が実家から借りてきたバーベキューコンロとテーブルとイスを庭に広げ、炭を入れて火をつけた。

 開始十分前になると西園寺さんが来て「これだとちゃんと燃えません」と言って炭と新聞紙をいじって火を強くしてくれた。

 開始時間丁度に横田さん夫妻が帽子をかぶって出てきた。横田さんの奥さんが悠と詩織に丁寧にお礼を言ってくれて、亮太には「亮太さん、チラシの絵お上手でしたね」と言って飴玉までくれた。

 そのすぐ後に大家さんも日傘をさして来てくれた。しかし、その後肉や野菜を焼き、ぽつぽつと食べ始めるころになっても、山崎さんは出てこなかった。

「あのさ、そろそろ山崎さんに、一度声かけてみる?」

 詩織がもぐもぐと口を動かしながら悠に声をかけてきた。

「うん。……私一人じゃ何か不安だから、詩織一緒に来てくれない?」

 詩織は持っていた紙皿と箸をテーブルに置き、悠の後についてきてくれた。二人が階段を登り切ったその時、七号室のドアが「ガシャン!」と開いた。出てきた山崎さんは、二人にはちょっと信じられない姿だった。


「ちょっとあんた達! ぼけっとしてないでこれ運ぶの手伝いなさい!」

 山崎さんにそう言われた後も、二人はあっけにとられていた。山崎さんは帽子をかぶり、日傘を脇にはさみ、小型扇風機を首に下げ、二リットルペットボトルのスポーツドリンクを握り、スイカを丸々一個抱えている。これでもかと言うほど準備万端だ。

「ほら早く! スイカ落としちゃうでしょ!」

 二人はようやく山崎さんの所に駆け寄って、ペットボトルとスイカを受け取った。

「私包丁取ってくるね」

 スイカを抱えて自分の家に入ろうとした詩織を山崎さんが肩をつかんで止めた。

「スイカ抱えて包丁なんか持って歩いたら危ないでしょ?! 後にしなさい、今すぐ食べるもんじゃないんだから!」

 さらに山崎さんは、通路から下を見下ろして様子を見ると、また詩織の肩をつかんだ。

「ちょっと! 西園寺さん何もかぶってないじゃないの! 本人に部屋から帽子とってくるように言っときなさい! 炎天下なんだから!」

 山崎さんは庭に降りてからも、まあよく悠と詩織に文句をつけた。

「肉しょっぱすぎるでしょ! 塩振りすぎ! タレとのバランスちゃんと考えなさい!」

「飲み物これしかないの? この人数でこんなじゃ足りないでしょ! 熱中症になったらどうするの! 必ず無くなる前に買い足しに行きなさい!」

「ビール出してるの? 子供が飲まないように気を付けてなさい!」

「西園寺さんまだ何もかぶってないじゃないの! あんた達日傘用意するって言ってたじゃない! 貸してあげなさい!」

「横田さんの旦那さんと大家さんのコップが空になってるじゃないの! 飲み物ついで差し上げなさい! あんた達幹事なんだからちゃんとそういう事に気を使わなきゃだめでしょ!」

 二人は食べる暇もなく大忙しであっちへこっちへ飛び回った。山崎さんは、口うるさいと言えば聞こえは「悪い」が、よく気が付く人だ。



                  *



 やっと山崎さんが静かになり、悠と詩織もゆっくりと食べられるようになった頃、悠は山崎さんの所に行って声をかけた。

「山崎さん、この前は怒鳴っちゃってすみませんでした。あの朝、私余裕がなくてついカッとなっちゃって……私が悪いって分かってたんですけど、謝る機会がなかったのでずっと気になってたんです。ごめんなさい」

 山崎さんはビールを一口飲んだ。

「そういうのはね! 普段の行いなの! 普段の行いが良ければ、余裕がなくなっても落ち着いていられるの!」

「はい。気をつけます」

 お説教されたが、少なくとも前よりかなり打ち解けてきている。ひょっとしたら今なら悲鳴の事も教えてくれるかもしれない。悠は思い切って聞いてみた。

「あの、話は変わるんですけど、この前の夜、山崎さんお部屋で悲鳴あげてましたよね。何かあったんですか?」

「悲鳴なんかあげてないわよ。あんたの空耳でしょ」

 即答だ。甘かった。悠が「そうですか……」と若干困っていると、気付かない間に悠の後ろに来ていた詩織も、山崎さんに声をかけた。

「山崎さーん、知ってます? この前火事の時に、西園寺さんが山崎さんを呼びにアパートに戻ろうとしてくれたんですよ。消防士さんに止められちゃいましたけど」

 山崎さんはすぐに西園寺さんを呼んだ。山崎さんが人にお礼を言うという超レアシーンが見られるかも、と悠は期待したが、山崎さんはその期待に応えてはくれなかった。

「西園寺さんダメ! そういう時戻っちゃ! 『自分がどうなっても他人を』なんてのはね、偽善!」

 それはいくらなんでも言い過ぎだろう。西園寺さんが嫌な思いをしたんじゃないかと悠は心配したが、西園寺さんは恥ずかしそうに笑って「はい」とボソッと言うと、軽く山崎さんにお辞儀しただけだった。

 詩織が二人のやり取りにこう付け加えた。

「あ、ちなみにですね、山崎さんがいないのに最初に気付いたのはね、私です」

 山崎さんは間髪入れずに言い返した。

「あんたが気付かなくたってすぐに誰か気付いたわよ!」

 詩織は楽しそうにけらけらと笑い声を上げた。よく見ると顔が赤い。天丼を食べた夜もこんなだった。

「ちょっと、詩織」

 悠が呼びかけると詩織はその場でくるっと一回転して振り向いた。

「はいっ! はいユアぁマジェスティー!!」

「……ビール飲んでる?」

「んん? 飲んでないよ? だってさ……んっふふふ」

 相当飲んでいる。恐らく、後片付けは悠が一人でやる事になるだろう。



                  *



 食べる物もほぼなくなってきた。亮太と詩織は二人でスイカの種飛ばし競争をやっているが、他のみんなは座ってゆっくりしている。

 山崎さんが、片づけをしている悠に遠くから大きな声で言った。

「ちょっと! そろそろお終いでしょ。あんた幹事なんだから、最後に一言言いなさい! せっかくアパートの人全員集まってるんだから」

 使い終わった紙皿や紙コップを集めていた悠は顔を上げた。もう全員が悠の方を見ている。悠は慌てて姿勢を正すと、必死に言葉を考えながら話し出した。

「あ、えー……皆さん、今日はご参加くださってありがとうございました。あの…楽しんでいただけましたか?」

「うん、面白かった! とうもろこしの種とかさ。違う、スイカだ! ぬっははあっ! 面白かったよー! あーりがーとさーん!」

 そう言って、亮太の脇にしゃがんでいる詩織が紙コップを掲げた。

「お前も幹事だろうが!」と、本音を言うわけにもいかず……いや、言おうと思えば言えるが、そうやって反応すると、詩織は面白がって果てしなくふざけ続けるだろう。今この状況では、詩織だけに構っていられない。

 詩織の言葉に続いて、みんなが拍手をしてくれた。

「ありがとうございます。あの、私達は他人同士ですけど、この前の火事のように……何かが、起こった時に……えーと……」

 言葉に詰まった悠を山崎さんが助けてくれた。

「お互いの事を少しでも知っておけば安心、みたいな事でしょ? それくらいスッと言いなさい!」

「あ、はい。そういう事です。えー、別にお互いの細かい事までは知らなくていい……と思うんですけど、たまーにこうして皆さんで集まって……えーと、一緒に過ごす事が……できたらいいなって思います。今日はどうもありがとうございました」

 みんながもう一度拍手をしてくれた。悠のお辞儀と同時に山崎さんが寄ってきた。今度こそお礼を言う山崎さん、というレアシーンが

「あの娘、詩織ちゃんだっけ? かなり酔ってるわよ。あんた仲良しなんでしょ? ちゃんと面倒見てやんなさい!」

 甘かった。

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