第四話 できない代わりに
できない代わりに 1/8 ~とぼとぼ歩いてくる~
大学の昼休み。講義棟から学生が溢れ出てきて、購買部や食堂を埋め尽くしている。その中に悠と亮太がいた。
今日は水曜日、岡本食堂は定休日だ。亮太も小学校が創立記念日で、午前中だけ式典をやって終わりだった。平日の昼間に二人で大学に来るなんて、めったにない機会だ。
詩織との待ち合わせにはまだ時間がある。始めは亮太とキャンパスをあちこち歩き回るつもりだった悠だが、思いのほか強い日差しにそれは取りやめて、二人で食堂の端の席でお昼を食べていた。
「りょうた、ホントに全部食べられんの?」
「うん」
「……食べきれなくなったら早めに言ってよ?」
「食べられるよ」
亮太が選んだのはロースカツ定食。この前来た時、悠に止められて食べられなかったメニューだ。
本人は食べきれると言い張っているが、男子学生がお腹いっぱいになるようなボリュームの定食だから、一人で全部食べ切るのは無理だろう。悠はそれを見越して、自分はミニぶっかけうどんだけにしていた。亮太のお残しを食べる羽目になるに決まっている。
二人が大学に来たのにたいした意味はなかった。この前大学に来た時から悠は、普段の自分の世界とは違う明るい、オシャレな、イカした「大学の雰囲気」みたいなものが気に入っていた。それで詩織に「大学でお喋りでもしないか」と持ちかけての今日だ。亮太も同じように気に入っていたらしく、連れて行ってくれとせがまれたため、こうして連れてきてやった。
悠の視界の端で誰かが手を振った。詩織かと思い顔を向けると、この前亮太や詩織に優しくしてくれた美術専攻の黒川君だ。友達と食事をしているらしい。悠は亮太を突っついて気付かせ、二人で手を振り返した。
それにしてもここは騒がしい。まるで縁日かバンドのライブ会場にでもいるみたいだ。休み時間だから、みんな好き勝手に話をする。それでお互い聴こえづらくて大きな声で話をする。余計に聴こえづらくなって余計に大きな声で……という悪循環。
普段定食屋でお客の騒がしい話し声を聞いている悠ですらうっとうしい。心のスイッチを切ってうどんをすすっていると、テーブルの上に置いたスマホが震えた。
--- 遅くなってごめん。今どこ? ---
詩織からだ。悠はすぐに返信した。
--- いま大食堂にいるよ。入って右奥の方角にりょうたと二人で座ってる。 ---
それから五分ほど経つと、大食堂の入り口に詩織がやってきた。悠がすぐに気付いて立ち上がり手を振ると、詩織の方も二人に気付いた。詩織の顔色はなんだか浮かない。リュックを肩にかけなおして、とぼとぼ歩いてくる。
「お待たせ」
「ううん。今りょうたと二人でお昼食べてたとこ。詩織はもう食べた?」
「いや、まだ。でも朝ごはん遅かったから、まだしばらくいい」
詩織は悠の向かいの席に腰を下ろすと、亮太に笑いかけた。
「りょうた何食べてるの?」
「とんかつ」
悠が亮太のトレイを見ると、ロースカツ定食はカツと味噌汁だけがたいらげられ、山盛りの白いご飯と山盛りの刻みキャベツにトマト、そして練りからしを残すのみとなっていた。
―― え、こんな食べ方して……まさかこいつ……
「ねえ悠、おれもういらない」
―― こいつは!!
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