スースー 2/7 ~スースー誕生~

 悠は一号室のドアの前に立つと、インターホンを押した。ところが、いつまでたっても西園寺さんは出てこない。もう一度インターホンを押してもやっぱり西園寺さんは出てこなかった。

 電気工具の音がうるさくてインターホンの音が聴こえないのだろうか。悠は音が途切れるタイミングを計って素早くインターホンを押した。

 今度は聴こえたらしく、部屋の中からごそごそと音がしたかと思うと、いきなりドアが開いて「はい」と西園寺さんが出てきた。

 悠は挨拶しようとしてギョッとした。西園寺さんは首にタオルを巻き、手には医療用のゴム手袋、プラスチックの保護メガネに防毒マスクという、何の目的かよく分からない完全防備で出てきたのだ。

「……こんにちは。上の階の木村です。あの、この子の紙ヒコーキが窓からお宅に入ってしまったらしくて……」

「入ってください」

 西園寺さんはボソッとそう言うと、ドアをグイッと押し広げた。相変わらず超地味で暗いリアクションだ。

「すみません。お邪魔します」

 そう言って部屋に入った悠の後ろで、亮太はあたりまえのように突っ立っている。悠に取ってきてもらうつもりらしい。悠は口をキュッと結んで亮太を無理やり部屋に引っ張り入れた。


 玄関付近とその脇の台所にはほとんど物がなく、がらんとしている。奥の二つの部屋のうち、和室の方は分厚いカーテンが閉められ薄暗くなっていて、置けるだけ食器棚が置いてある。何だか不気味な雰囲気だ。洋室の方は窓が開けられ、工具、それに何が入っているのか分からないボトルやタンクのようなものがゴロゴロと置かれ、ビニールシートが敷かれた奥に作業机が置いてあった。

「あるとしたら、こっちだと思います」

 西園寺さんはそう言って二人を洋室に導いた。悠が恐る恐る部屋に足を踏み入れた途端、くしゃっと何かを踏んづけた。

この感触は紙ではなかろうか。まさか! と悠が足元を見ると同時に、後ろにくっついてきていた亮太が「あぁーっ!」と叫んだ。

 悠の足の下敷きになっている折れ曲がった紙は、紛れもなく亮太の紙ヒコーキだ。容赦なく踏んづけられ、機体は潰れて翼はぐしゃりと折れ曲がってしまっている。

「あ、ごめん! ごめんごめん!」

 悠は慌てて紙ヒコーキを拾い上げ、必死にしわを伸ばして亮太に手渡した。亮太は手のひらで息絶えた紙ヒコーキを見て「ふん~」と、情けない声を上げて泣き出してしまった。

「ごめんって。気付かなかったんだよ。また作ればいいじゃん」

「あべあの! ごえすごうどぶやつあっだの! もううぐえあいのー!」

『だめなの。これすごく飛ぶやつだったの。もう作れないの』というわけだ。

「こんなのいくらでも、すぐ作れんじゃん! いちいち泣いてんじゃないの!」

「あっふぁあぁー!」

 亮太は一気に鼻水を流しながら泣き叫び始めた。


 人が一生懸命作ったお気に入りの紙ヒコーキを自分の不注意で踏んづけておいて、逆ギレしてこっちを叱ってくるとは、実に自分勝手な奴だ。なんと理不尽な事か!

 そんな亮太の気持ちに気付いてくれたのは、悠ではなく西園寺さんだった。

「ちょっとこっち来てください」

 西園寺さんはそう言って隣の和室に向かった。泣くのに必死で気付いていなかった亮太を悠が無理やり歩かせて、二人も後に続いた。

 西園寺さんが和室の明かりをつけた瞬間、悠も亮太も目の前の光景に絶句した。狭い部屋にぎゅうぎゅうに置いてある食器棚に入っているのは食器ではなく、大量の恐竜模型とプラモデルだったのだ。軽く見積もっても三百体はあるだろう。

 亮太はすぐに泣き止んで恐竜模型の並んでいる棚を覗き込んだ。トリケラトプスやティラノサウルス、ブラキオサウルスといったお馴染みの恐竜から、見た事のない大きな爪や羽毛が生えた、マイナーな恐竜まで、ありとあらゆる模型が棚の全ての段に所狭しと並んでいる。

「ねえ悠、上見して」

 悠は亮太を抱き上げて食器棚の一番上の段を見せてやった。亮太はしばらく眺めた後「ありがと」と言って下に降ろさせて、次の棚へと移った。


 悠も興味をそそられ、亮太を降ろした後、さらりとあたりを見渡すと、反対側の棚にあるプラモデルが目にとまった。普通の戦闘機や戦艦ではなく、アニメや特撮に出てくるメカだ。そのうちの一つに、悠が小さい頃に見ていたアニメの悪者が使っていた飛行機があった。悠は思わず棚をぐいっとのぞき込んだ。

「あれ、これ?!」

 西園寺さんは悠の様子を見て嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「あぁ、木村さんは丁度それの世代ですよね」

「毎週見てましたよ。懐かしいー。でも、あれ一年しか放送してませんでしたよね? 子供向けのそんなアニメでもプラモデルって売ってるんですね」

 「いえ、売ってないです。それは、フルスクラッチです」

 聞きなれない言葉に悠は西園寺さんにもう一度聞き返した。

「フルス・クラッチ?」

「フル・スクラッチです。ゼロから全部自分で作る事をフル・スクラッチって言うんです」

「えぇっ?! ゼロから全部?!」

 悠はもう一度飛行機を見た。ドアがきちんと開くようになっているし、車輪もついて、ねじの一本一本まで再現されている。ゼロからこれを作り上げるとは、ただ者ではない。

「すごい……これ、お仕事で作ってるんですか?」

「いえ、完全に趣味です。自分で作って、見て、楽しむだけです」

 悠と亮太がそれぞれ見入っていると、西園寺さんはしゃがんで、恐竜が入っている棚の一番下をがらりと開けた。

「ここにあるやつ好きなの一個あげます」

「え?!」と二人とも棚に駆け寄った。

 小さめの恐竜が数えきれないほど並んでいる。ここだけで百体はありそうだ。

「もらっちゃっていいんですか?!」

「ここのは、新しい粘土試したりとか、そういう試作のやつなんで、一個くらいならいいですよ」

「やったじゃんりょうた! 一個くれるって!」

 悠が肩に手を置くと同時に、亮太は迷わず棚の奥から一つの恐竜模型を取り出した。

 ティラノサウルスか何か、大型の肉食恐竜だ。尻尾を後ろにまっすぐ伸ばし、両足をしっかり地面につけて顎を大きく開いている。顔から眼から、手足、爪の先にいたるまで、実によくできている。

 亮太が手に取った恐竜を見て西園寺さんは気まずそうに微笑んだ。

「え、それですか?」

「あ、これはまずかったですか?」

 悠がそう聞くと、西園寺さんは棚の中に手を突っ込みながら答えた。

「あ、いえ、いいんですけど、これはずっと昔に作ったとても出来の悪いものなので、これを選ぶならもう一個何かあげますよ。これとかどうです?」

 西園寺さんが亮太に見せてくれたのはトリケラトプスだった。素人目にはどちらもよくできているように見えるが、西園寺さんに言わせると全然違うのだろう。

 亮太は何も言わずに西園寺さんからトリケラトプスを受け取った。

「りょうた、ありがとは?!」

「ありがとうございます」

 悠も西園寺さんにお礼を言って、二人は外へ出た。亮太はトリケラトプスの方を悠に「持ってて」と手渡すと、自分はティラノサウルスをくるりくるりと角度を変えながら、一心不乱に眺めはじめた。

「よかったね。じゃ戻ろうか」

 亮太は返事もしないで悠の後にくっついてきた。ところが階段を上ろうとした時に、段差に蹴つまずき「カン!」と大きな音を立てた。

 音に反応して悠が振り向くと、亮太はまだティラノサウルスをいじっている。

「危ないよ、後にしな!」


 亮太は家に帰ってからもずっとティラノサウルスで遊んでいた。たまにトリケラトプスの方を手に取って位置を動かし、その周りをティラノサウルスに駆け回らせたり。夢中になっている。恐竜達は、亮太の目にはもう動いているように見えるのだろう。



                  *



 夜、バイトが終わった詩織が悠の家に遊びにきた。詩織は最近ほとんど毎日、悠の家に遊びにくる。そのまま夕飯も食べて行くことが多いが、悠が忙しい間に亮太の相手をしてくれて助かっている。

 亮太は詩織が奥の部屋に入ってくるなり「ほら」と恐竜を見せびらかした。

「うわ、かっこいいね! どうしたの? それ」

「西園寺さんがくれた」

「そうなの?! よかったね~」

 亮太が詩織のリアクションに満足して机に恐竜を置くと、今度は悠が言った。

「それ、西園寺さんの自作なんだって」

「え、自作? もっかい見せて」

 詩織はトリケラトプスを手に取ってまじまじと眺めた。

「すご…。あのさ、これ写真撮っていい? 美紀に見せてあげたい」


 美紀は詩織の友達で、同じ大学に通っている。美術を専攻していて、特に彫刻が好きだ。この恐竜を見せたら、きっと詩織以上にいいリアクションをするだろう。

「ホントすごいな……。西園寺さん、休みの日にこういうの作ってたんだ。……ねぇりょうた」

「ん?」

 詩織はトリケラトプスを亮太に返すと、しゃがんで目線を合わせた。

「あのさ、これとこれ、何て恐竜?」

「これはティラノサウルス。こっちはトリケラトプス」

「どっちが大きいの?」

「こっち」

「ティラノサウルス? じゃあさ、強いのは?」

「え? こっちだよ」

「やっぱりティラノサウルス? だったらさ、頭がいいのは?」

「こっち」

 全部ティラノサウルスだ。亮太は得意げにティラノサウルスの解説を始めた。

「ティラノサウルスは目がいいから、こいつが隠れててもすぐ見つけちゃうんだよ。走るのも速いし」

「へえ、そうなんだ。でもさ、トリケラトプスにはツノと襟飾りがあるよね。どうやって倒すの?」

「ここをこうやって噛む」

 亮太はトリケラトプスの真上にティラノサウルスを垂直に立てて、顎を襟飾りの後ろの首に押し当てた。まるでティラノサウルスが上空から落下してきたような体勢だ。こんな風に噛めるわけがない。

 詩織は亮太に気付かれないように笑うと、最後の質問をした。

「ティラノサウルス好き?」

「うん」

「じゃさ、名前つけてあげようよ」

「何で?」

「だってさ、もしりょうたに名前がなかったら、悠がりょうた呼ぶときに『おい、お前』とか言わなきゃいけないよね。『りょうた』って呼んでもらう方が嬉しいでしょ? だからさ、この子も名前つけてほしいと思うよきっと」

 亮太はティラノサウルスを顔の前に持っていき、眺めながら考え始めた。なかなか思い浮かばないようで、眉間にしわを寄せたまま黙っている。詩織がヒントを与えた。

「この子、足速い?」

「うん」

「お肉とお魚、どっちが好き?」

「お肉」

「食いしん坊?」

「うん」

「おでぶ?」

「ううん」

「泳げる?」

「うん」

 詩織が黙って少ししてから、亮太はさっぱりとした声で言った。

「スースーにする」

 悠が近くに歩いてきた。

「可愛い名前じゃん」

 かっこいいではなく可愛いと言われてカチンときた亮太は、いいリアクションをしたつもりの悠に言い返した。

「可愛くないよ!」

「可愛いし、かっこいいよね」

 亮太の気持ちを察してくれた詩織に「うん」と返事をすると、亮太はスースーとの遊びに戻った。


 スースーは、重力その他自然界の物理法則を一切無視してトリケラトプスに襲いかかり、神がかり的な超絶ウルトラCを駆使して倒す。亮太は寝るまでそうやって遊んでいた。



                  *



 次の日、亮太は学校から帰ってくると、いつものように合鍵でドアを開けて、またスースーで遊び始めた。


 ここは白亜紀末期の平原、巨大なヤシの木やシダが生え、小型の翼竜が飛び回る。これからスースーの狩りの時間なのだ。


 黙々とシダの葉をほおばっているトリケラトプスの背後から、砂埃を立ててスースーが奇襲をかけた。

 トリケラトプスはすぐに気付いて、巨大な襟飾りとツノを振りかざし、スースーを威嚇する。スースーは一旦距離を置いてトリケラトプスとにらみ合った。

 スースーはトリケラトプスが見せた一瞬のスキを見逃さず、首に噛みつき、押し倒した。その狩りの様子を、タイムスリップしてきた人間達が、飛行機に乗って観察している。

「大きい! ……それになんて強いティラノサウルスなんだ!」

「もう少し近づけないか?」

「ああ。だが見つからないようにしないと!」

 スースーは近づいてきた飛行機に気付かないふりをして、獲物を食べている。だが、スースーの攻撃の間合いに飛行機が入った瞬間、飛行機に噛みつき、空中から引きずりおろした。

 メチャメチャに壊れて煙を上げている飛行機から、人間達が命からがら逃げていく。スースーは人間は食べない。優しいのだ。

 離れたところまで逃げてきた人間達は、墜落した自分達の飛行機を見て嘆いている。

「ああ、なんて事だ! 俺達の……」


 そうだ。この紙ヒコーキにも名前を付けてやらないと。どんな名前にしよう。亮太の思案が始まった。

「りょうたー、帰ってるー?」

 詩織の声だ。隣の窓から顔を出して外から呼びかけているようだ。亮太は窓からひょこっと顔を出した。やはり詩織も顔を出していた。

「今ね、私の友達の美紀が来てるの。スースーとトリケラトプス見せてほしいって。私の家に来てくれない?」

「いいよ」と返事をすると、亮太はスースー達と紙ヒコーキを抱えて詩織の家に向かった。

「こんちはー」

 詩織の家で待っていた女の人にそう挨拶されて、亮太はドキッとした。

 明るい茶髪にカラーコンタクト、東南アジアかどこかの民族衣装のような、細かい極彩色の模様が入った妙な服にヘアバンド。色とりどりのストーンのネックレスと腕輪をつけて、まるで占い師のような格好だ。

「りょうた、この子が美紀。スースー見せてほしいって。美紀、この子がりょうた」

「こんにちは……」

 そう言いながら亮太が机の上にスースー達を置くと、美紀はあんぐりと口を開けてトリケラトプスを手に取った。

「えー、うおーっ、すげえーっ!」

 耳をつんざくような大声。美紀はトリケラトプスを顔に近づけては離し、机に置いて何度も向きをかえ、また手に取って顔に近づけて、これでもかというほど徹底的に観察している。

「ねえ、これもあるよ」

 亮太はスースーを差し出した。この最強恐竜スースーに、美紀はどんなリアクションをしてくれるだろう。

「あー、ホントだ」

 美紀は一旦スースーを手に取って眺めた。

「これ、ティラノサウルス?」

「うん。スースーっていう名前」

「へー、そなんだ。いいね。ありがと」

 さらりと言うと美紀はスースーを亮太に返し、またトリケラトプスの観察に戻ってしまった。適当なリアクション。少しがっかりだ。

「美紀の目から見てもそんなにすごいんだ」

詩織のこのセリフを皮切りに、美紀はこのトリケラトプスについて熱く語り始めた。

「マジで超すごいよこれ! 筋肉ん表現めっちゃリアル! 体ん重心がどこにあっかも一目で分かっし、どう動いてこん体勢になったか、こん後どう動っか、見てっ人に一瞬で想像させんもん。それに皮膚ん質感表現もすんげえよ! 爬虫類っぽさよく出てっし、さっき言った筋肉とん関係も完璧! ほらここだよここ! 筋肉はこういう形んなってっから、皮膚は若干余ってひだんなってる。こん形から筋肉ん力ん入り具合が伝わってくんだよね! これ、色はアクリル絵ん具で塗ってっともうけど、他にもなんかで表面塗装してっぽい。ほら、同じ素材で作らってる体とツノ、全然見た感じ違うしょ? いやー魂こもってんね! 作った人の情熱が力強く伝わってく! 神だよこれは!」

 『の』が全部『ん』になっているし、他もあちこち発音がいい加減。それに加えて早口で、この人は何を言っているのか分かりづらい。だがとにかく、これ以上ないくらいのべた褒めだ。

 詩織も亮太も、予想以上の激しいリアクションに圧倒されてしまい、しばらく美紀の邪魔をしないよう黙っていた。

「……あー、マジ惚れ惚れする。ねー詩織、これ作った人って、多分美大とか芸大とか出てんだよね?」

 美紀はやっとトリケラトプスを机に置いてそう尋ねた。

「いや、自分で勉強して趣味で……みたいな話聞いたけど」

「マジで!! 美大とかじゃなっても、なんかクラフト系ん学校みたいん通ってたんじゃない? そとしか考えらんないもん。お仕事なしてんの?」

「あー……知らないな……」

「会ってみたいな~。どんな人?」

「三十代くらいの男の人。黒縁のメガネかけて……長身で、細身で、黒髪。若干長めで基本ボサボサ。無表情で、小さい声でボソボソ喋る人」

「えーかっこい!」

 かっこいいか? と詩織も亮太も不思議に思った。

「ホント会いたいな。他ん美術専攻んやつらとかも誘って、一緒にご飯とか出来ない?」

「あぁ……今度ちょっと聞いてみる」

 美紀はその後スマホで何十枚とトリケラトプスの写真を撮って、ウキウキで帰っていった。


 亮太は美紀が帰ってから、スースーとトリケラトプスを並べて考えた。美紀はトリケラトプスはべた褒めだったのに、スースーにはほとんど興味を示さなかった。あんなにもっともらしい専門的な事を語っていたくせに、スースーのこのカッコよさが分からないのだろうか。

「りょうた」

 詩織が亮太の脇に座って言ってくれた。

「スースー、カッコいいよね。私もさ、スースー好き」

 そう、ただのティラノサウルスではない。スースーだ。名前を付けるのがこんなに楽しい事だったなんて。

「ねえ詩織、おれこの飛行機にも名前つけたよ」

「え、そうなの? 教えて教えて!」

「むぷ」

 詩織は一瞬固まってからゆっくりと確認した。

「……『むぷ』?」



                  *



 悠が仕事を終えて家に帰ると、亮太はスースーと紙ヒコーキを持ってかけよってきた。

「ただいま。またスースーで遊んでたの?」

「ほらこれ! むぷ!」

亮太の手にする紙ヒコーキと『むぷ』という音。この二つは悠の頭ではつなげられなかった。

「え? 何つった?」

「これ『むぷ』ってした」

悠にはまだ何のことだか分からない。

「むぷ? ……むぷ?? 何『むぷ』って」

「これの名前!」

 亮太の口調は少し厳しくなっている。

「え? 『むぷ』って名前にしたの? ……何で『むぷ』にしたの?」

「いいの!!」

 亮太は一気に不機嫌になってしまった。下手を打った事に気付いた悠は、必死に取り繕った。

「むぷ! いいじゃん! かわ……っこいいじゃん!」

 自分でも恥ずかしくなるほどお粗末だ。亮太のリアクションは

「……」

無視! 悠から離れ、テレビの方へ行ってしまった。

「ねえ、ホントにいいと思うよ! 先がとんがってるところとか…」

悠がさらに取り繕っていると、インターホンが鳴った。詩織だ。詩織は「お仕事お疲れさま」と一言挨拶すると、悠にレジ袋を手渡した。

「これ、プリン。りょうたと二人で食べてね」

悠が「ありがと」と受け取ると、詩織は要件を話し出した。

「あのさ、今日美紀が来てさ。学生何人かと西園寺さんと一緒にご飯食べたいって言うんだよ。で私、頼んでみるって安請け合いしちゃったんだけどさ、私は西園寺さんとほとんど話したことないから、悠もついてきてくれない? 明日」

「え……まあ、仕事終わってからならいいけど、遅くなるよ」

「うん。待ってる。じゃあよろしく」

詩織は奥の亮太に「おやすみ」と一声かけると、帰っていった。

悠が遅くなることを心配したのは、西園寺さんに迷惑では……という意味だったのだが、詩織には伝わらなかったらしい。だが数少ない友達の頼みだ。悠はそこには突っ込まずに引き受けることにした。

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